第2話 裏界輪廻の術
少女に手を引かれて町を歩く。
ジロジロ見られてしまうのう。儂、影に生きたいんじゃが?
「お茶……行きたいけど制服だし。おじいさんとお茶っていいのかな?公園で……いやでも……」
「少女よ。いいから離しなさい。注目されてしまっとるぞ」
「あっ……ご、ごめん!あーいいや、ウチ来て!ついてきて!」
少女は突然言い放ってスタスタ歩いていく。無視して消えてもいいが、まだ別の男どもが少女を伺っているのが気になる。
攫うつもりだったなら別動がいるのは当然だろう。この少女に狙いを定めているのは間違いない。
(やれやれ、仕方ないのう。そんな義理はないんじゃが仕方ない。やれやれ、はぁやれやれ)
笑顔が溢れそうなのを堪えて少女の後をついて行った。
◇◆◇◆◇
「ここよ、入って」
少女は鍵を使って扉を開いた。大きな家だ、周辺の家よりも数段大きい。しかし誰もいないようだな。
案内された部屋も、裕福な家柄を思わせる広々としたものだった。
ふかふかのソファに座らされ、少しして少女が紅茶とケーキを出してくれた。
「それじゃ改めて。三条沙耶と申します。先ほどは危ういところをお救いくださいまして、心より御礼申し上げます」
「ふふ。これは丁寧にありがとう。なに、大したことではない。悪党を懲らしめるのは儂の楽しみでな。楽にしてくれてよい」
「あー、そんな気はしたよ」
三条と名乗った少女も納得したようなので、ケーキをいただくとしよう。
山に籠もる前に食べたことはあるが、もう50年も前のことじゃからな。ぺろちゃんだかぺこちゃんだか言うのがテレビで宣伝しておったのを覚えている。
「……うむ、甘露」
落ち着いて言ったが、物凄く甘い。甘いしか分からないくらい甘い。考えてみれば砂糖自体が50年ぶりじゃ、刺激が強すぎるわ
思わず目を白黒させていると、ふと大きなテレビが気になった。
テレビ……じゃよな?ソファの正面、みなで眺める位置に配置されている。
しかし儂の知るテレビと比べて厚みがまったくない。面は大きいのに奥行きが無いのだ。
50年も経てばテレビも変わるか。さもありなん。
「なに?テレビ見たいの?ゆっくりしていってよ。名前も聞いたりしないよ」
既に少女には気負いもない。しかしもうちょっと気を張ったほうがいいんじゃないかの?
「少女よ。あれで終わりではない。まだつけておる者、そしてここで張っていた者もおる。儂がおる間に人を呼ぶがいい」
「え?ま、まじ?まぁ、いつかこうなるかもとは思ってたんだ。おじいさんは早く出た方がいいよ。ごめんね」
「慌てることはない、向こうも警戒しておる。踏み込んでくることはあるまい」
紅茶を一口飲むと、複雑な香りが鼻から抜けていく。いい物だとは思うがよく分からんのう。だがケーキの甘さを流してくれるなら何でもよい。
「それより、すまんがもう一杯頂戴できるか」
「あ、う、うん。すぐに淹れるよ。テレビつけとくね」
ほう、超音波リモコンか。実物を見るのは初めてじゃ。
起動したテレビ画面は大きく美しい。流石50年の変化を感じるのう。しかしこれは……?
画面が光り、そこに現れたのはアニメだった。
爆ぜる火花、宙を翔ける少年、無意味な印と叫び声とともに解き放たれる大仰な術。
SFアニメかと思ったが、その中で少年が叫んだ。
『これが俺の忍道だ!』
「なっ!忍道だと!?なんじゃこれは……!」
衝撃が走った!
こんな物が忍道、忍者だと言うのか!?あの印の意味は!?何故大事な武器を投げる!?あえて水で敵を縛る意味は!?巨大な獣に変身して何をするんじゃ!?
馬鹿げている!儂の知る忍者とは、もっと静かで、闇に潜み、忍んで、一撃必殺を信条にするものじゃ。あの様な物……到底忍者とは……。
「し、しかし……!なんと鮮烈な……!」
かつて憧れた物とは違う、しかし同じ憧れ。儂の心を激しく突き動かす衝撃。
儂の忍道が揺らぐっ……!儂のっ……!
いや、そうだ。そうか!分かった!儂の忍道とは……!本当の思いとは……!!
「わぁ!こ、これは違うの!お、弟が見てたやつで!わ、わたしじゃ……」
戻ってきた少女は顔を赤らめ、すぐにチャンネルを変える。
だが儂は思わず机に手をつき、声を荒げた。
「待て!その忍をもう一度映せ!頼む!」
おずおずと戻された画面に、再び少年忍者たちが現れる。
水で敵を縛り、巨大な獣を呼び、雷のごとき一撃で戦場を支配する。
「忍んでおらぬ……!だが何と鮮烈!何と人の心を掴む忍道か!これこそ、人が求め、憧れる忍者……!」
儂もこうなりたい!そもそも儂!忍ぶのとか苦手だし!
しかしその瞬間、己の歳を悟る。
己は老人、残された時間は僅か。
若き肉体を持つ彼らのように華々しい忍びには、もうなれぬ。
「ぐ……ぬぅ……!」
歯を食いしばり、膝を震わせる。
だが同時に、決意が胸を貫いた。
許せぬ!儂に出来ぬなど!儂には手が届かぬなど!そのようなこと!許せるわけがない!
――ならば、手に入れるまで。
命を賭し、魂を削り、どの様な犠牲を強いるとも。
「少女よ。いや三条殿。事情ができた。外の者共は儂に任せろ」
「え?」
「さらばだ」
もはや是非もなし。
◇◆◇◆◇
少女の家を辞し。夜になるまで待った。
そして集める。己の欲望を果たすために。
ごろり……転がる頭は十七個目。残りは一つ。吹き出す血を布に吸わせて陣を描く。
「おぬしたちが居てくれてよかった。ありがとう」
「ば、馬鹿な……!全員やられたのか!?何者だ……!こんな化け物をどこから……!」
「哀れな。運が無かったな、あの娘とは何の縁も無い」
「ならなぜ……!あの娘の親が何をしたのか知っているのか!?」
「知らぬ。興味もない。あの娘から血の匂いがしたのもどうでもよい。おぬし達はな――」
「なっ!?」
「――ただの贄じゃ」
瞬きの合間に背後に回る。儂の声に振り向く間もなく、刀が煌めき、最後の首が落ちる。十八、それだけの首が集まった。
大量の贄。幾重にも描かれた血の陣。その中に座し、己のチャクラを最大まで高める。
はたから見れば、頭のおかしい儀式に見えただろう。
儂が自身で生み出した狂気の一つ。あまりに世の道理から外れるゆえに封じた禁術。
命を捨て、生涯にただ一度だけ放つ技。
「谷戸玄影流秘奥義、禁術・裏界輪廻の術!」
声が震え、空気が軋む。
血とチャクラを融合させた術式が地を這い、夜空を朱に染める。
並べた首が腐り落ち、儂の魂を守る代償となった。
「我が魂は不滅!今こそ裏界に渡り!輪廻を果たす!イエアアアアアアアアア!!」
最後の猿叫とともに、儂の肉体は崩れ落ちた。
赤黒い光が天に昇り、轟音と共に世界が裂ける。
我が魂は世界の境を越え、強制的な輪廻を果たす。
―――その数瞬の間、少女の顔が頭に浮かんだ。
三条沙耶殿か。どのような事情を抱えていたのか、今はもう知る由もなし。せめて儂の最後に守れた者であればよいが。
消えゆく儂を見つめる鉄の眼に気づかなかったのは仕方ないだろう。儂はその様な物を知らなかったのだ。
その場には塵しか残らず。
ただ月明かりだけが静かに降り注ぎ、儂の残滓を呑み込んでいった。
――真なる我が忍道。それは、己が想いを実現する事。いかな犠牲を払おうとも。
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