なんとか8話分溜めました。といっても12,540文字。全然です。
短期集中投下を実験すると決めたものの、前回までの投下結果では新着で発見されてのアクセスはほぼ0だったわけで、正直あまり意味がないのではと思っています。
やると決めたからやる。そんな感じで9~15くらいを作っていきます。完全ノープランですが主人公の名前は調べなくても覚えました。
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「別れたのって5時半くらいだっけ?それからどれだけやってたの?」
「ん~、蓮と少し話してたから、潜ってたのは3時間くらいかな。あの後は人が減ってすごい捗ったんだよ」
「なるほど…昼間と同じくらいの時間で3倍以上狩ったのね。それなら時間をずらすだけで十分稼げるね」
「知ってると思うけど狸ダンジョンは大体2000匹前後でレベルが上がってドロップが無くなるはずだから。長期間稼ぐのは無理なんだ」
これがなきゃ簡単に稼げるんだけど、これがあるから値段を保ってるんだよな。上手く出来てる。
「そうだったわね、稼ぎの上限が決まっているならその稼ぎで装備や道具を買って次の攻略準備をしなきゃいけない。そうなるとプール金の割合を減らせないのね」
色々考え込んでいる。これはいけるのでは?
「いいんちょ!いや松原智子!」
「え!?は、はい!」
「俺は玲司、蓮と組んでクランを立ち上げて本気で探索者に挑戦する。松原には俺達のリーダーになってほしいんだ!」
「はっ、はぁぁ!?」
「俺と蓮だけじゃ馬鹿だからすぐ死んじまう、玲司がリーダーになったら賢すぎてついていけない、いいんちょが丁度いいんだ!」
「そんなこと急に言われても…ん?」
「頼むよいいんちょ、俺達頑張って働くからさ!」
「待って、それって私が賢くないからってこと?」
………はっ!つい本音が!!
「いやそうじゃないんだ、えーと、いいんちょは賢さが目立たないっていうか、馬鹿とかじゃなくて、その、いいんちょは可愛いからな!」
「そんなんでごまかせるわけ無いでしょうが!馬鹿にするな!」
「ぐぬぬ」
これは失敗したか?諦めて3人でやるしかないか。いい考えだとおもったんだけどな。
「いいんちょ、落ち着いて考えてみてくれ。いいんちょにも利がある話だと思う」
「1日で5万円も稼げたのは驚いたけど、社くんが一人で頑張ったからでしょう?私が同じ様に出来るとは思えないし、リーダーなんてもっと無理だよ」
「そうか。すまん、勢いばっかりでちゃんと考えてなかった」
「いいよ、社くんいっつもそんなだしね」
にこりと笑顔を見せて許してくれるいいんちょ。やっぱり優しいやつだ。
「悪かった、今日はもう帰るよ。寿司とドーナツ食べてくれよな」
「うん、ごめんねありがとう。」
「いや、俺が悪かった。いいんちょの気持ちを考えられてなかった、いいんちょと一緒に頑張っていけたら最高じゃんって気づいて暴走しちまった」
「え。うん。え?そんなに?」
ん?
「あぁ、俺と玲司と蓮は高校にも行かないけど、いいんちょがリーダーしてくれたら今までみたいに楽しくやれるんじゃないかなって」
「そ、そうなんだ。ふーん」
流れ変わったな。ここは押すしかない!
「蓮も同じ気持ちだったぞ?俺達は本気でいいんちょにリーダーをして欲しいんだ!」
「っ!」
「いいんちょならきっと最高のリーダーになるよ!」
「そ、そんなの無理よ。私を乗せようったって駄目!」
「いいんちょなら出来る!一緒にがんばろう!」
「一緒とか言っても誤魔化されないから!他にも良い人いるでしょ!?」
「松原智子と頑張りたいんだ!」
「くぅぅぅぅぅ、こんなのズルい」
「智子!俺と一緒になってくれ!!」
「がはぁっ!!」
勝ったな。
「ううぅっ、私チョロいのかな」
チョロい。
「いや本音だって。俺達頑張るぜ、きっと稼ぎも多くなるさ。それにレベルが上がったらいいんちょも大きくなるかもしれないぞ」
いいんちょはちっちゃい事を気にしているのだ。
「ちんちくりんで悪かったわね!しっかり働いて稼いできなさい!」
「そのつもりだ。いいんちょも頼むよ。それじゃ賢達も待ってるだろうし、また明日学校で話そう」
「そうね、今日はありがとう。また明日」
「あぁそうだ。いいんちょ、髪結んでない方が似合ってるぞ。じゃあな」
いつもと違う髪型のいいんちょが可愛くて、つい熱くなってしまった。
ちっちゃくて黒髪ストレートロングの女の子が見上げて睨んで来るとかズルいよな?玲司のやつが羨ましいぜ!
これでダンジョン潜る体制作りは一段落かな。あー疲れた、ダンジョンで戦うだけで暮らしていきたいな。
俺は家と玲司に連絡を送り、今晩も狸ダンジョンに潜ることにした。
――――――――――――――――
ダンジョン前に到着したのは20時少し前。お腹が減ったのだが我慢する。帰ってからかあさんのご飯を食べるのだ。
ダンジョン前の店はもう締めている店が多いが、何件か回ってレッグガードを購入した。同じ様に事してる人が多いんだろうな、そりゃ売れるよね。これからも新しいダンジョンに行く時は周辺に売ってる物はチェックしよう。
レッグガードを付けてダンジョンに潜る、ぐるぐると歩き回って狸もどきを倒していく。昼間はごちゃごちゃと面倒が多かったせいか、無心で魔物を狩るのがとても楽しく感じてしまった。やっているのは凶悪だけど小さい狸みたいなのを蹴り飛ばしているだけなんだが。
レッグガードのおかげでズボンは無事だし攻撃力も上がった。5000円程度だったし良い買い物だったよ、こうやって装備を整えて行くのも探索者の楽しみだよな。
外に出たのは日付も変わった後、買い取り場は24時間営業なので換金したら12万円にもなった。中学生の稼ぐ額じゃなくね?
終電は既に終わっていた。
「おはようセリナ」
「おはよ鉄平」
翌朝、いつもの光景だ。
「昨日もダンジョン行ったんだってね。いくら稼いだのよ」
「ふふふ、昨夜は12万も稼いだんだ。でも終電も終わってて家に帰ったの3時だぜ」
「そうなんだ、それじゃ静香さんが怒るのも仕方ないね」
セリナはウチのかあさんの事を静香さんと呼ぶ。おばさんって感じじゃないとの事。わかる。
「昨日は朝から色々あったからさぁ、やっぱ俺は何も考えずに探索者やってるのがあってると思ったよ」
「でも聞いたよ、リーダーするんでしょ?これからはちゃんと考えて行動しないとね。ソロで潜るのもNGじゃなかったの?」
相変わらず耳聡い。玲司から聞いたんだろうけど。
「あぁそれな、いいんちょにリーダーやってもらう事になったんだよ」
「……は?」
「俺も蓮もリーダーって感じじゃないだろ?玲司はリーダーに相応しいと思うんだけど賢すぎて俺等じゃついて行けない。だからいいんちょに頼んだんだよ」
ほんとに受けて貰えて助かった。きっともう色々考えたんだろうな、俺もしっかり応えねぇとな。
「だから智子に頼んだって?飛躍してるでしょ?なんで智子なの?」
「ん?まぁいいんちょは両親の問題もあるから、稼げるし両親の情報に近づけるかもしれない探索者には興味あったし」
なんかおかしいか?
「それで智子はなんて?」
「最初は断られたんだけどな。4人で一緒に頑張ろうぜって、リーダーはいいんちょがいいんだ~って説得したら何とか受けてもらえたよ。やってもらうからにはいいんちょの為にもしっかり働くぞってなった」
「…ふぅん」
落ち着いて考えると結構無理を頼んじゃったな。本人も元々興味があったとはいえ中卒で探索者だもんなぁ、やって良かったと思える様にがんばるぞい。
玲司と合流してセリナは駆けていき、なんか2人でイチャイチャしてた。お前らほんとさぁ、毎朝見せられるのは目の毒なんよ。
学校に着いて蓮に報告。
「よう蓮、いいんちょにリーダー受けてもらえたぞ」
「おう、良かったじゃねぇか。それじゃ面倒事は終わりだな」
お前面倒な事してねぇじゃねぇか。
「その話終わってから狸タンジョン行ったんだよ、お前レッグガード買った?あれすごい便利だぞ」
「あぁ、一昨日別れてから買ったよ」
「なんだよ教えろよ。それでどれくらい狩ったん?俺はもう250くらい行ったぞ」
ふふふどうよ、週末に2000匹到達レベルアップを狙っているのだ!
「へへ、俺は500くらいは行ったぜ。早くレベルアップしたくてな」
なぬ!こやつやりおる、無理目なペースで頑張ってるつもりだったのに!
「早くレベル上げてスキルを使ってみたくってよ、やっぱスキルがねぇと探索者って感じしないだろ?」
「そりゃあな」
探索者が使うスキル。魔法や戦いに使わない物も全部ひっくるめてスキルと呼ぶ。
力が強くなったり技術が向上するのは単純な類、魔法を獲得したり空を飛べる様になる人も居る。天変地異、若返り、腕が生えたり変身したり。逆に駄目なのだと綺麗に爪が整うとか手品がうまくなるとか、何でもござれだ。
レベルアップの度に1つ発現するんだが、なかなか有用なものには当たらないそうだ。なにか1つ特技が無いと中級には上がれないと言われている。低確率でスキル玉がドロップするらしいんだけど、中身不明の物でも1億円からという超高額品だ。もちろんドロップ率はお察し。俺達には関係ないね。
「俺はなんとなく蓮は良いの当てる予感がするぞ」
「へへ、俺は鉄平が変なの当てる気がするぜ」
奇遇だな、実は俺もそう思ってたんだ。
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いいんちょをリーダーにする事を蓮に話したが「そうか」で終わりだった。先に動きを読まれてたのかもしれん。
これからの事を相談しようと提案したが、その前に各自でレベルアップを目指す事になった。狸ダンジョンなら危険は無いと判断し、スキルを手に入れてから方針を決めてもいいだろうとの事だ。
いいね、こうやって方針を決めてくれたら俺は何の不安もなくダンジョンに通える。スキルを手に入れて、それが使えない物であっても今後の方針を考えてくれるだろう。
俺は学校でせっせと睡眠時間を稼ぎ、放課後は狸ダンジョンへと通った。
いいんちょも誘ったんだけど断られた。蓮と行くのかな?なんとなく聞きにくかったのでスルーしてしまったぜ。蓮のほうがペースが早いからな、イチャイチャしている間に抜かせてもらうぜ。
そんなこんなで土曜日の朝、残り500~700匹くらいでレベルアップする筈なので今日は一日費やす予定だ。
「兄、最近深夜までダンジョンばかりだけどちゃんと寝ているのか?」
「咲耶、大丈夫だぞ。俺は硬い机でもぐっすり眠れるのだ」
ジト目で呆れた顔をされる。ふふっ、馬鹿め。その顔は可愛いだけなのだ。
「そんなに楽しいのか?」
「楽しいっていうか、もうちょっとでレベルアップ出来るっていう当面の目標も見えてるし、金も稼げるからな。やり甲斐がある」
「ふむ」
咲耶は少し考えた後、顔を上げていった。
「兄よ、私もつれていけ」
という事で朝から妹連れでダンジョン前に来てしまった。
止めようとはしたんだよ?でも危ないって言えば危ないことしてるのか?と詰められるし。まだ早いって言っても兄も中学生だろって言い返されて敗北した。口で勝てる要素無いんだよなぁ。
まぁ俺自身が危なくないと判断して夜にソロで回ってるし、楽しんでるし稼いでるんだから説得力がない。その上にかあさんも援護射撃をしてきて押し切られた。
かあさんは何故かダンジョン通いに積極的なんだよな、本人も行きたがってたからかな?
「レッグガードだけ買っていくぞ、攻撃されるのは大体脚だし蹴り飛ばす時にも便利なんだ。」
「分かった、お小遣いは持ってきた」
スカートは論外なのでズボンを履かせたが、ツイル生地?なんかよく分からん。女の子の履物なんて知らんよ。学校のジャージでも履いてくると思ったらなんかオシャレなズボンを履いて来た。そんなの履いてるの見たことありませんよ。
「ズボンじゃないパンツだ」
「女の子がパンツでうろつくんじゃありません」
知ってるか?ズボンをパンツと呼ぶ国は英語圏でも少ないんだぞ。
レッグガードを装備して、ごちゃごちゃと人の多い休日ダンジョンに入ろうとしたらやたら目立つ大きな女子を見つけた。
「あれ、おーい!お前も来てたのか」
「あ、!社くん!おはよー、社くんもがんばってるんだね!」
大きな声で名前を呼ぶんじゃありませんよ。
「兄よ」
横腹をつんつんされる、咲耶は俺に対しては口も態度も悪いが外面はいいのだ。
「あぁ。山宮、こいつは妹の咲耶だ。咲耶、彼女は同じクラスで友達の山宮」
「はじめまして、社咲耶と申します。兄がいつもお世話になっております」
「あ、は、はい!山宮琴音です!こちらこそお兄さんにお世話になってます!」
挨拶の後にペコリとお辞儀をする咲耶に対して慌てて返す山宮。咲耶はそういうのどこで覚えてくるの?女子だけそういう授業あるの?
「山宮、今日は1人で来たのか?良かったら一緒に行くか?」
「あー、、、うん。今日は友だちと来てるからだいじょうぶだよ。妹さんとがんばってね」
「そっか、わかった。あぁそうそう、そこらで売ってるレッグガード買うと捗るぞ。これがあれば蹴りの威力が上がるし、ついでにズボンも守れるから買っておいて損は無い」
「へぇ!」と感心する山宮と別れ、手続きを済ませてダンジョンに侵入する。
今日は妹連れになったが、本番は夜だ。それまでに100匹いけるかな?
―――――――――――――
「ダンジョンの中も人だらけだな、テーマパークみたい」
「あぁ、それでも奥に行けばだいぶ減る、行くぞ」
何にも通っているので大体分かってきた。入り口付近は当然人だらけ、後はボス部屋までが観光ルートみたいになっている。ボス部屋前には警備が詰めており、ここのダンジョンでは進入禁止だ。ボスを倒したからってダンジョンが無くなるわけじゃないらしいが、その奥にあるダンジョンコアを破壊されるとダンジョンが無くなるらしい。魔物が湧かなくなって、徐々に崩れていくそうだ。
奥へと進む途中、岩陰から狸もどきが現れた。
「お、出たな。あれがここのモンスターだ。ここにはアレしか出ない」
「か、可愛いぃ」
お前もそっち側か。歪んだ顔で牙を向いてギャゥゥと吠えてるんだが、どこに可愛い要素があるんだよ?
「オラァ!!」
ドゴッと蹴り飛ばして光に返してやった。あとに残るは小さな魔石のみ。
「なんという事を!」
「いやあれ魔物だからな?暫くしたら物陰で復活するぞ?」
やれやれ、魔物を倒しに来たんじゃないないのかよ。魔石を拾い上げて渡してやる。
「ほら、これが魔石だ。ここのは1個500円で売れるからな」
「うぅぅ、たぬきち、せめて安らかに」
やめなさい。
「えい!」
咲耶が狸もどきにナイフをぶっ刺している。早くも順応したようで良かった。
ここには狸モンスターだけが出るんだが、どいつも同じ見た目をしている。これについて研究した人がいるんだが、同一個体のコピーだというのが結論だ。ダンジョンが記録した情報からコピーを生み出しているのではないかというのが有力な説。
まぁ要するに遠慮せずに戦えって事だ。これを実感した咲耶は遠慮が無くなった。
「これで100匹」
ちょっと遊びに来ただけかと思われた咲耶だが、意外なことに物凄く頑張っている。昼飯を牛丼で済ませた時は微妙な顔をしていたが。
「そろそろ帰ろう、晩飯までには戻るように言われてるし」
「分かった、兄はちゃんと私を送るように」
へいへい。魔石を拾い上げ帰路につく、帰りにも数匹出るだろうが今回の稼ぎは咲耶に渡してやろう。咲耶なら問題なく管理するだろう。
その帰路にミラクルが起こった。
「ん?兄よなにか落ちているぞ」
「へ?」
見るとそこには淡く光る白い玉。え?あれは・・・見たことあるぞ!これスキル玉だ!
「よいしょ」
「まっ!だっ!!」
咲耶が無造作に拾ってしまった。玉は一周だけ強く光り、溶けるように消えてしまう。
「え!?なんなのです!?」
「あぁ~~・・・」
やっちまいました。スキル玉は直接触れると触れた人に吸収される。取り扱い注意の代物なのだ。
「はぅっ!!」
突然ビクリと跳ねる咲耶。
「あばばばばばばば!」
これは酷い、スキルの目覚めってこんななの?いつも冷静で人形の様に澄ましている咲耶が、上を向いて目を見開らき大口開けて叫んでいる。うーん、滑稽だ。
「はぁっはぁっはぁっ」
「大丈夫か?はい水」
「ふぅぅ、ありがとうございます」
言葉が乱れてるぞ、いや乱れてないがいつもと違うぞ。
息を整え水を飲んで落ち着いた咲耶は、手をニギニギしたりて何かを確かめている様子だ。
「どうだ?なにか分かる?握力UPでも覚えた?」
「回復魔法を覚えました!」
大当たりじゃねぇか!!
――――――――――――――
興奮する咲耶を何とか宥める。大声で宣言することじゃない。
「我が家よりいましあらぶる妹様よ、かしこみかしこみ申す。しずまりたまへ」
「あははははは!お兄様!咲耶は回復魔法を覚えました!」
なんだこれは、何かが憑依してしまったかの様だ。スキル獲得やっべぇな…。
「はらいたまへ~、きよめたまへ~」
「あはははははは!やりましたよ!!これであの雌豚なぞ用無しです!あはははははは!!」
5分後。
「兄、兄よ、帰ろう」
「あぁ、そうだな帰ろう。帰ればまた来られるから」
静かに帰宅した。この日のことは忘れてやるのが情けだと思った。
「よし!レベルアップまでがんばるぞい!」
咲耶を家に送り、晩飯を頂いてから戻ってきた。
計算では残り600匹前後で平均的なレベルアップ条件に届くはずだ。夜なら1時間に30~50匹程度討伐できるので、このまま朝まで一気に稼ぐつもりだ。
咲耶の醜態を見てしまったことで尚更一人の時にレベルを上げたい。他人に見せていい姿じゃなかったよ。俺も忘れよう。
ウロウロと魔物を探し歩き、見つけ次第蹴り飛ばす。
正直この作業にも飽きている。話す相手もいないし、ついつい先程のスキル玉について考えてしまう。
咲耶は回復魔法のスキル玉の相場を調べて固まっていたが、スキル玉の効果については諸説ある。偶然回復魔法のスキル玉がドロップして、それを使ってしまったとは一概に言えないのだ。
スキル玉の効果については、倒した魔物に拠る・倒した人に拠る、倒し方に拠る、倒した状況や思念に拠る等の意見がある。更には鑑定・使用した時に決定する、望むものに変化する等色々な意見があり、本当の所は分からないのが現状だ。
鑑定しないままでも超高額だが、鑑定してもらうにも100万円もする。だからドロップさせた咲耶がそのまま使ったのは正当な行いだ。だから。
「あ~羨ましぃ~」
スキル玉のドロップまでは言わないから、レベルアップで使えるやつ頼むよ。
大層な事は望まない、剣術とか格闘で十分だ。今より強い敵と戦う時、敵をサクサク倒せるスキルがあれば効率が上がる。低レベルでまず欲しいのは分かりやすい攻撃スキルだ。
ぐるぐる回って魔物を狩る、何でこんな事してるんだろ?眠い、もっとかっこよく戦いたいな。疲れたな、剣と盾とか構えてさ、もう帰ろうかな、仲間と一緒に魔王とか倒すんだ。ここで寝ようかな、ドラゴンの一撃を正面から受け止めてさ、止まろうかな、仲間を背に俺が先頭で戦うんだ。
頭は半分眠ったような状態で魔物を倒し続けていると、突然ガガーン!と衝撃が走った!
「ポォゥ!」
フォォオアアアアアア!!!!!力が込み上げてくるぞ!すごい万能感をかんじる!今までにない何か熱い万能感を!!風・・・なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺達のほうに。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
込み上げる衝動のままに咆哮を上げる!
「おおおおおぉぉ!アァタタタタタタタタタタタ!」
俺は湧き上がる力をダンジョンの壁面に叩き込む!喰らえ!俺の力を!!
「ホアァァタァァァ!!!」
全力で殴るが俺の拳は傷つかない!!俺は神の拳を手に入れたのだ!!全てを砕くゴッドフィストを!!!!!
10分後。
「スキル【防御】か、ネット情報によると【防御行動に補正。耐久力に補正】ってなってるな」
帰ろう。帰ればまた来れるから。
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日曜日。夜明けの町をジョギングして帰宅し、昼まで寝ていた。まだまだ眠いが腹も減ったのでお昼を頂いてから寝よう。
「おはよう平太」
「ん、おはよう」
「おはよう咲耶」
「……うん」
微妙な感じを作るんじゃない。忘れよう、僕らに過ちは無かった。
「え?鉄平くんと咲耶?…あなた達まさか……」
頬に手を当て顔を赤らめてイヤンイヤンと首を振る母さん。一体何を想像しているんですかねぇ。
「鉄平おまえ!ついにやったのか!」
親父、あんたその言葉はなんだ。
「咲耶、まだ言ってないのか?」
「……うん」
だからやめなさいって、変な誤解を生むから。
「ま、まさか!こど・・」
「はい待ったー!!昨日ダンジョンで咲耶がスキルを手に入れたんだよ、それがちょっと特殊なやつだったんだ」
「特殊ってどういうこと?」
かあさんがコロリと様子を変えて訊ねてくる。かあさんはダンジョンの事には興味津々のご様子。
「それは咲耶から」
「うん、回復魔法を授かりました」
「なんだって!」
親父が驚きの声を上げる。回復魔法は格別に希少というわけでは無いらしいが、一般生活でも有用なので需要がとても高い。引っ張りだこなんて物ではなく、誘拐を恐れて大組織に属して働く人も多いという。
「それで、どの程度の力かは試したの?」
「それはまだ」
「じゃあちょっと試してみましょう」
「え?」
かあさんは自然な動きでシンクの前に立ち、包丁で自分の腕を切った。
「静香さま!?」
親父が叫んでいるがかあさんは笑顔で平然としている。さま?
「ほら、試してみて。薄く切っただけだから大丈夫よ、駄目ならポーションで綺麗に治るから」
「はい」
咲耶が真剣な顔で向き合い、両方の手のひらで母さんの腕を包む。隙間から薄く光が漏れ、手を離したら傷は無くなり血の跡すらなかった。すっげ。
「初めてでこれは凄いんじゃないかしら。以前に聞いた話だと最初は擦り傷を治せるくらいだったわよ?」
「へー、じゃあ咲耶は魔法医者で将来安泰だな」
優秀な妹で鼻が高い。
「だめよ。鉄平くん、咲耶をよろしくね」
よろしくとは?まさか本気で変な仲を疑ってるわけじゃないよね?
「お母さま?」
「半端な能力の回復魔法使いは狙われるのよ、危険だわ。鉄平くんが咲耶に覚えさせたんだから、責任取ってくれるわよね?」
「せ、責任というと?」
「鉄平くんは探索者になるんでしょ?咲耶は役に立つわよ!」
バチリとウィンクをされてしまった。うーん、いいんだろうか。
「そ、それは…しかし……」
親父は言葉も無いようで。
「母、それは名案。兄、これからよろしく」
翌日。
「おはようセリナ」
「おはよ鉄平」
「おはようございます、姫川様」
………、なんだか変な空気だな。咲耶はこれまで俺とは時間をずらして登校していたのに、今日は一緒に出てきた。
「おはよう咲耶ちゃん、久しぶりね。お姉ちゃんだと思って気楽に接してもらっていいのよ?お隣さんだしね」
「ありがとうございます。ですが姫川様は先輩ですので」
「そう」
「はい」
てくてくてく、何なのこの空気。君たち仲悪かったの?俺は首を突っ込む勇気はないぞ。
「姫川様、わたくし、昨日兄と共にダンジョンに行って回復魔法に目覚めたのです」
「え!?」
「お、おい、それは言わないようにって決めただろ」
「姫川様にはお伝えした方が良いと思いまして。これからは兄と共に精進してまいります。」
「………」
済ました顔の咲耶、能面の様なセリナ、どちらも美人なので無駄に迫力がある。
そんなに嫌いあってたの?咲耶が能力でマウント取ったかんじ?そういうの良くないって思うよ。言わないけど。
「あ、玲司ー!」
俺は玲司を見つけて笑顔で駆け寄っていった。
――――――――――――――――――
お昼、クランを作る4人で集まり、屋上の端っこで相談だ。
「それじゃこれからは私がリーダーね!乗せられた感じはあるけど、やるからにはしっかり指示に従ってもらうわよ!」
「おう、お手柔らかにな」
「あぁ、俺は相談役だ」
「頼りにしてるぞいいんちょ!」
「誰が委員長か!リーダーって呼びなさい!」
いきなり問題勃発じゃないか、だが俺は譲る気が無いのでここはスルー。
「俺から報告が2つある。まず1つは昨日レベルが上がってスキルを覚えた。【防御】ってスキルで防御行動と耐久力に補正が入るらしい。昨日ちょっと試しに壁を殴ってみたんだけど、全力で殴っても拳にダメージが無かった。もう1つは後で話させてくれ」
壁を殴ったのはただの実験だった。そうに違いない。なんだか蓮が優しい目をしている気がする。君も、そうなんだね?
「俺からも報告だ、俺もレベルが上がって【襲爪】を手に入れた。これは攻撃スキルで、連続蹴りが出来て更に斬撃が出るようになった。強いぞ」
ふぁーwこいつやっぱりカッコイイの覚えてるやんけ!
剣から刃を飛ばしたり、拳から衝撃を飛ばすのは物理アタッカーの憧れスキル!蹴りから斬撃ってなにそれ?完全に強スキルやん。
「それじゃ2人はもう狸ダンジョンじゃ報酬が手に入らないんだな。まだクランで動いていないから今までの報酬は自分で使ってくれ。だが今後クランで動く場合にはいくらかクラン資金に入れてもらう。大体半額ってところか、装備や消耗品はそこからだす。次からは一気にレベルを上げて下級の上位ダンジョンに潜る。駅からバスで30分の場所にある王仁ダンジョンだ、そこでPT戦の技能を磨くんだ。これまでの様な雑魚狩りとは違うぞ、心して準備してくれ。」
いいじゃん!これからがやっと本当の探索者って感じだ。小型のモンスターを蹴り飛ばすのを魔物討伐と言い張るのは限界だよ。
「いいねぇ、それでいつから行くんだ?俺は今日からでもいいぞ」
「行くのは土曜日の朝からだ、それまでにスキルに慣れておいてくれ、それとダンジョンの情報チェックもな。じれったいかもしれんが、次からは命懸けの探索になることを心してくれ」
「分かった。それでだな、言い難いんだがもう一つの報告を聞いて欲しい」
誰にも漏らさないでくれとしっかり前置きして伝えることにした。俺一人で2パーティ掛け持ちは無理だ。
「実は妹が回復魔法に目覚めた。身を守れるくらい強くなるまでクランに入れて欲しい。回復魔法の程度はとりあえず切り傷がすぐに消せるくらいはある」
「えぇっ!それって咲耶ちゃんだよね!?わぁーすごい、でもあの子ならなんか納得。私は全然いいよ」
「妹か、会ったことは無いが、スキルが回復なら後衛で腐ることもないだろう」
「俺は何でも良いぜ、怪我した時に治してもらえるならお得じゃないか」
すんなり話が通ってよかった。まぁ回復魔法使いはどこでも有用だからな。いつか助けてもらうことになるだろう。
「それじゃ各自準備を進めておいてくれ、俺も時間がある時は狸ダンジョンで経験を稼いでおく。松原は1人ではなく誰かと一緒に行くようにな。鉄平、妹には今日の内容を伝えておいてくれ。連絡用のアプリでは繋がらないやつが居るから慣れさせろ」
「あいよ」
「じゃあこれで終わりだ、飯食って教室に戻ろう」
「……あれ?リーダー私だよね?」
「いいんちょ、早く食べないと時間無くなるぞ」
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