ひとまず実験は進めていますが、何を言っても話数を稼ぐ必要があるので地道に増やしていきます
―――――――――――
「疲れた、昼には早いがどこかでお茶にしよう」
19個の魔石を換金して19万円になった。流石にお高い。魔石は多くが発電に使われているらしく、需要の尽きない高エネルギー体だ。
露店で大きなカップの飲み物を買い、ベンチに座り込む。鎧は脱がず、ヘルメットだけ外して息を吐いた。
「やっぱぜんぜん違うな」
狸を蹴り飛ばしていたのとは違う、本当の戦いだった。
ゴブリンは弱い、ただの中学生である自分たちでも装備を整えたら倒せてしまう。だがそれでもこれは殺し合いだった。負ければ死ぬのだ。
いいんちょの顔色を窺う。何かを真剣に考えている様だが恐怖は浮かんでいない。咲耶はいつもの澄まし顔だ、こいつはなんだかんだで精神が頑丈なんだよ。
「でも大したこと無かったよな!」
「鉄平の言う通りだぜ、簡単に倒せて拍子抜けだ!」
蓮が合わせてくれる。俺達は勝っただろ?ならこんな所で悩む必要なんて無い。
「まぁ待て。鉄平の防御力を突破出来ないのは予想通りだったが、魔物の密度が高い。さっきのも更に応援があったら危険だった」
「そうよ、弓は大丈夫そうに見えたけど魔法は受けたくないわね」
「槍の突きもそれなりの威力に見えました。このチェインメイルでは穂先は防げても体制は保てないと思います」
「俺が前に出れたらいいんだが」
「挟まれたらどうにもならんって事かぁ」
やっぱり対策が必要か。面倒だな、俺1人なら平気なのに。
「他のPTはどうやってるんだ?」
「平均的なPTは弓を防具で受けて無視、杖は詠唱中かその前に仕留める、剣槍は近づく前に減らしてから前衛が処理している。だが俺達には難しい」
動いている的に当てる腕がないか。たぶん俺はボーガンも撃てないから数を減らす貢献も出来ないな。
「俺か玲司が前に出るか?それで3方向行けるだろ」
「いや、俺達はスキルを覚えただけの初級だ、下級まで上げて身体能力を上げないと危険だ」
蓮も黙ってしまう。前でやりたいって顔はしてるが、3体以上の同時攻撃は受けるの前提じゃないと厳しい。
「いいか、俺達は専業探索者になるんだ。100回潜って100回生きて戻れる備えをしてそれでも危険が伴う仕事だ。今のまま潜るのはただのギャンブラーでしかない」
玲司の言葉は重い。やれるだけやろうぜとか根性論では生きていけない世界だ。失敗は挫折ではなく自分と仲間の死、全てそこで終わってしまう。
「では生き残る事だけを目標に、怪我を前提にしてはどうでしょう」
咲耶がちょっと怖いことを言い出した。
「怪我は私が治療します。先程の攻撃を見る限り急所に受けなければ致命傷にはならないでしょう。炎に巻かれ槍に突かれ剣に切られても治療出来ます。囲まれたら兄を最後尾にして血路を切り開き立て直せばいいのです」
「さ、咲耶ちゃん?それは危険すぎないかな?」
「先程の手応えからして、敵を倒すのに時間はかかりません。一突き、一打の合間に打ち倒せるでしょう。攻撃を防がず相打ちにするのです。それだけを甘んじて受ければ被害を拡大させずに脱出が可能なはずです」
「駄目だ危険すぎる。治せない怪我を負ったらどうする」
「ゴブリン達は貧弱に過ぎます。兄には攻撃が通らないと確信したから囮にしたのでしょう?その程度の攻撃で致命傷を負うなど考えられません。危険だというなら先程の兄こそ最も危険でした。なにより、致命傷に至らないすぐに治せる怪我を恐れるなど、そんな考えは初級探索者の物でしょう。我々は下級を踏み越える為にここに来たのではありませんか?」
「……本当に治せるのか」
「我々の装備は弓が刺さらないように全身を守っています。ゴブリンの力で切り裂くことは難しいでしょう。打撲なら骨折しても治せます」
俺で試したからね。ちなみに折ってくれたのはかあさんです。どこで覚えたの?
「いいぜ、その時は俺が先頭だ。俺のスキルは単発で斬撃を飛ばすよりも近接で連続蹴りの方が使いやすい。怪我を治してくれるなら薙ぎ払ってやるぜ」
「私は、正直自信ない。そのやり方だと貢献は出来ないと思う」
いいんちょが眉をへにょりとしてイジケたことを言い出した。いいんちょは昔からちょっとハートが弱いのだ。だがらこういう時に励ますのは慣れてるぜ!
「いいんちょはまだスキルを持ってないんだ。いや持っていたとしても何時も活躍するなんて無理だろう。俺なんて攻撃自体出来ないしな。出来ないことを考えるんじゃなくて誰かの長所を活かしていこうぜ。俺はいいんちょがリーダーやってくれて嬉しいといつも思ってるぞ!ありがとういいんちょ!俺達が頑張れるのはいいんちょのおかげだぜ!」
「そ、そう?そっか、私リーダーだもんね!」
ちょろい
「では問題ありませんね?よろしければ再開しましょう」
咲耶の宣言に玲司も返す言葉がなかった。俺1人を囮にしたことを咲耶は怒っていそうだが、本当は玲司が一番気にしているんだ。だから自分たちが傷つく作戦を受け入れたんだろう。
こうして再アタックが決まった。
――――――――
再び侵入した。
先ほどとは違い入口には他PTはいなかった。始業時間は過ぎたって事かな。
初心者ダンジョンは1階層だったが、下級ダンジョンはどこも3階層ある。深い階層の方が敵が強い。
魔石の買取額は一緒、攻略してダンジョンを破壊するのは禁止、下級ダンジョンには宝箱は無い。となるとみんな1階層に留まるわけで。
「なるほど、みんなこうやって狩りしてたのか」
広い空洞型の洞窟、天井からの薄暗い光の中で複数のPTが間隔を広げて移動しているのが見える。
なるほどこれならサイドアタックは少ないだろう、囲まれる心配は殆どない筈だ。
これに対して俺は酷くガッカリしてしまった。ゴブダンジョンでもこんなものか、効率的な狩りをして稼いで終わりか。こんなんでレベル上がって、それで中級でやっていけるのか?とても志が低く見える。
「よし、俺達も端の方へ行ってスペースを探すぞ。今は一匹でも多く魔物を狩ろう」
玲司、お前こんなのでいいのか?そんなに安全がいいのか?おれは・・・妥協するぜ!
「レベルが上がるまではこれでいいけど、最後は下に潜ろうな。こんなのに慣れたら中級でやっていけるか心配だ」
今はこれでいい。まずはレベルアップと金策だ。スリルと野望に身を任せたい気持ちもあるが、これはゲームじゃないんだ。簡単に強くなれるならそれを選ぶ。
「あそこが端っこみたいよ!」
俺達も列の端に入った。最初は端だったがすぐに隣も埋まり、左右は他PTで埋まった事で全面だけに集中できる。一応後ろも警戒。
前から襲ってくるだけのゴブリンはとても弱かった。こいつらは一番近い相手しか狙わない、そして一番前に居る俺には攻撃が届かない。
射程に入ったら撃つ、仕留められなかったら俺が止める。長射程の弓は無視して進み、近づいたら倒す。最初は難関に思えたゴブダンジョンだが、慣れてしまえば何という事もない。こりゃ作業だな。
「なあ、そろそろじゃないか?」
「あぁ、そろそろだよなぁ」
蓮とこそこそ相談する。ゴブの魔石は狸ダンジョンの20倍の価値がある。そして経験値も20倍と言われているのだ。そして既に朝から80体も倒している。
レベルアップ時の醜態は女性陣にはきつかろう。咲耶もあの後はすぐに帰りたがったからな。しっかり対策はしてきたぜ。
「正面からくるぞ!5体だ!」
玲司の言葉で身構える。今回は全部近接タイプだ。盾を構えて待っている間に矢とスキルが飛び2体に減った。
「おいしょ!」
突いてくる槍を弾き体ごと突き飛ばした。倒れるゴブリンに矢が突き刺さる。
「アピア!」
突然いいんちょが声を上げた!来たぞ!
俺は鞄から小さく折りたたんだ麻袋を取り出していいんちょに被せた。
「大丈夫だいいんちょ!少しの間この中にいるんだ!」
『アピャピャピャピャ!!』
暴れるいいんちょを袋の上から抑えつける、ゴブリンの攻撃に比べたら軽いもんよ。
奇声を上げて暴れるいいんちょを見たいような見たくないような。とにかくこれでいいんちょの尊厳は守られたのだ。
「はあぁううう!」
その時咲耶が声を上げた!しまった!咲耶はスキル玉でスキルを覚えたからまだレベルアップはしていなかったんだ!
「蓮!何か無いのか!!」
「ねぇよ!どうしようもねぇ!助けられねぇんだ!!」
「あばばばばばばばば」
前回同様の醜態を晒す咲耶。うぅっ見ていられない。なんて可愛そうな咲耶。お前を助けられない兄を許してくれ。
「鉄平!お前の妹はどうしたんだ!?」
「え!?」
もしかして玲司は平気だったの?
「人によって違うらしいぜ」
クソっ!また※イケメン事案かよ!そこは※イケジョも含むにしといてやれよ!
「くくくっアハハハハハハハハハ!!」
『ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!』
笑い声が洞窟に木霊する!もうやめてくれ!やめてっ!やめてください!
「あははははは!お兄様ご覧になって!ほーら!新しい力ですよ!」
手の平を突き出してビームを放つ咲耶、お前何者なんだよ!
『ウヒュヒュヘヘヘヘエヘェ!』
やめて…ごめんなさい…ゆるして……
5分後。
「今日は、もう…いいかな」
「兄よ、なぜ、なぜ私を……」
帰ろう、帰ればまた来られるから。
今日はここで終了した。換金額は合計85万円。1人5万円配られた。
残りはクラン資金とし、建て替えたボーガンのレンタル代と装備のメンテンナンス料をここから支払い解散した。
―――――――――
また悲しい出来事があって解散したが、現在土曜日昼前。
咲耶がズーンと落ち込んでいるのでとりあえず送り届けるか。
「ところで何のスキルに目覚めたんだ?ビーム撃ってたのは見たけど」
「【魔閃】だ、魔法スキル。これがあればもうあの人達と顔を合わせなくてもいいかも」
ほーん、咲耶はこれでスキル二個目。【回復魔法】と【魔閃】?ちょっと欲張りすぎだろ。後半はスルー。
まぁ俺も次のレベルアップですげぇ攻撃スキルとか覚えて活躍しちゃうから、今のうちに出番があるのはいいんじゃないの?うん、いいと思うよ。
まっすぐ帰って盾術の練習をして過ごした。
盾術と言っても片手武器前提の物か盾を使った逮捕術ばかりで余り有効とは思えない。小さめの盾で両手を使って攻撃とかは違うんだよなぁ。とりあえず攻撃を受け止めずに逸らす練習をした。
翌朝、今日もバスでゴブダンジョンへ。
「おはよう、覚悟の準備をしておいてください」
「何言ってるの社くん?」
いいんちょに呆れた目を向けられた。へへっ、今日もごっつぁんです。
「んで、いいんちょのスキルはなんだったんだ?」
「あーうん、ちょっと戦えるやつじゃなくてね。【調理】ってのなんだけど…」
あちゃー、これは素直に外れだな。探索者のスキルはやはり攻撃スキルが最初に求められる。次に補助や身体能力が上がる基礎スキル、装備の手入れに使えるものなどが続く。特殊な物だと転移とか収納があるけど所持者は稀だという。
まぁでも【調理】ならいいんちょの人生を考えると当たりだと思うぞ。俺もかあちゃんの料理が美味かったのをずっと覚えてる。料理が上手いのっていいよね、俺も動画に触発されてたまに挑戦するが大体失敗する。
ダンジョンに着いてささっと準備完了、9時を待って中に入った。
昨日と同じ様に他PTと間隔をあけて探索を開始する。
「社妹のスキルを試してくれ、射程と撃てる回数、撃てる間隔に命中率もだな。なるべく遠い位置から連射してみてくれ」
「承知しました。では中列に代わってください」
玲司と入れ替わりで俺の右後ろにIN、絶対に俺に当てるなよ。
「前から3体だ。咲耶頼むぞ」
来たのは杖、剣剣かな。
「【魔閃】!」
まだ発見直後、100m以上離れた所で咲耶が真っ直ぐに腕を伸ばしビームを放つ。ビームは一瞬で伸びてゴブリンを貫きそのまま消し去る。
「はっ!はっ!」
更に連射して残りも消し飛ばしてしまった。なにこれ?
「えええぇぇ……」
「咲耶ちゃんいきなり連射して大丈夫?辛くない?」
「ふふふっ、いえ、なんともありません。まだまだやれます」
もうお前一人でいいじゃん。
「どうする?これだけで終わってしまいそうなんだが?」
「何を言ってる、これで終わるならこれで終わらせればいい。社妹頼むぞ、暫くはこれで安全を確保できそうだ」
まじかよ、まじだな。まぁ元々作業だったしレベル上がるまではいいか。
「ちょっと待って!咲耶ちゃん、射程はわかる?ずっと先まで続いていたように見えたんだけど」
「調整できます」
無敵かよ。
こうして我がクランの最強フォームが完成した。
俺がタンク役、一人で放置されても一切のダメージを受けない最強の盾。
咲耶が砲台、一人で全ての敵を瞬殺して弾切れもない最強の矛。
後は索敵だな。【襲爪】、【鳥糸】の出番が無くて泣ける。【調理】が素晴らしいスキルに思えてくるな。あぁ玲司の指から糸を出すスキルは【鳥糸】だ。イケメンスキルの使い道無くて可愛そうですね。
「俺達兄弟ばかり活躍して悪いな。でもいつかみんなにも活躍する日が来るかもしれないさ」
拗ねちゃ駄目だよ、これが役割分担さ。
「いや、兄も要らないが。射線を塞ぐから下がってほしい」
こういうのよくないって思う。全員が活躍する全員野球っていうか全員戦闘っていうか、今時ソシャゲでも全員アタッカーが基本だよ?
「何度も言うが俺達はまだ一度しかレベルアップしていない初心者探索者だ。一番効率のいい方法で進めさせてもらう。二度のレベルアップの後に中級を目指す為の訓練期間を入れよう、それまでは数を稼いでいくぞ」
「「おう!」」
「う~ん」
「…」
この日は昼を挟んで狩り続け、夕方5時に終了した。討伐数は430、売却額は430万、一人30万円ずつ分けて残りはクラン資金となった。
咲耶以外のメンバーは警戒はしているものの、基本的には歩いて魔石を拾っただけだ。
蓮といいんちょが遠慮をしたが、今後容易に入れ替わる可能性があるし、常に均等割が絶対に正解であると説得して持たせた。
俺達中学生だぜ?日曜日だけで30万も稼いでたらバニラの香りがしそうでヤバイ。
という事で、俺と咲耶がいいんちょの家に寄って説明した。
キッズが群れて来たが今回のお土産はいいんちょが自分で買ったんだ。餌付けの機会を逃したぜ。
―――――――――
「おはようセリナ」
「おはよ鉄平」
久しぶりな気がするいつもの朝。
探索も安定して悩みもない、面倒な学校生活も後数ヶ月と思うと前向きに楽しめるかもしれないな。
こいつと顔を合わせるのも後どのくらいだろう?俺はダンジョン通いだが、こいつは夏休みに受験勉強、秋には志望校確定して冬まで詰めて、卒業前は遊ぶことくらいあるかな?まぁ家も近いし玲司とセットで会う機会はあるかもな。
「なに?」
「いや、相変わらず美人だなと思ってな」
「そう。昔から可愛い可愛いと言ってたわね」
照れた様子なんて全く無い、自信に溢れた自然体だ。こいつ玲司に振られたらクソ面白いのにな。
「昔って、お前が越してきたのは中学入ってからだろ」
「そうだったわね」
適当な話をしながら学校に向かい、途中で玲司の背中を見つけてセリナは駆けていった。今日も朝からBSSありがとうございました。
「蓮よぉ、あのダンジョンつれぇよなぁぁ!」
「おぉ、小遣いにはなるんだけどなぁ」
学校について早速眠そうにしてる蓮を見つけて愚痴を吐いた。安全第一は納得しているが、それでも退屈なんだよ。
「下級の下位ダンジョンに別口で行ってみたいけど遠いんだよな、平日に行くのは辛い」
「何か修行でもしてみたらどうだ?」
修行ね、一応盾の扱いは練習してるのよ。でも張り合いがね、攻撃が全然響かないから練習しなくても平気なんだよな。
「俺の防御はもうどんな攻撃も受け止められるから張り合いが無いんだよ、中級まで行っても俺を傷つけられる奴はいないんじゃいか?」
「ほう……」
「やっぱ攻撃方法だよ、俺に必要なのは攻撃スキルだ」
防御力はもういいよ。
退屈な授業も今年度限りと思うと貴重な物に感じる。貴重な睡眠時間だ、最近まともに授業聞いてないし全然分からん。
もう学校来るの止めようかなと真剣に考える。
「社くん!ちょっといいかな!」
「なんだ?暇だし全然いいぞ」
山宮琴音が声を掛けてきた。体も器もデカイ山宮だが恥ずかしがり屋なところがあって、一人で声を掛けてくるなんて珍しい。
「放課後ちょっと付き合ってくれないかな。体育館裏に来て欲しいの!」
「お、おういいぞ。放課後に体育館裏な」
「うん、みんなには言わないでね!」
お手々ふりふり、なんなんですかねぇこれは。俺も稼げる男になっちゃったし?死線を潜って凄みが出ちゃったかなぁ。俺よりずっと大きい山宮だが俺はそんなの全然OKですよ!
「ぐふふふふ、ふへっ」
「鉄平気持ち悪いわよ、なにやってんのよ」
「いや?なんでもないが?」
誰にも知られちゃならない秘密なんだ、すまんね。俺は完璧にいつも通り放課後までやり過ごした。
「社くん急にごめんね、ありがとう」
「いやいいよ、それでどうしたんだ?」
どうした?と言いつつ本当はモジモジしている山宮を見て察している。俺は察しのいい男なのだ。
この流れは俺に告白と見せかけて蓮に何かを伝えてほしいってやつだ。間違いない。
「あ、あの!社くんはダンジョンでスキルを手に入れてすごい防御力があるって聞いたんだけど!」
「え?あぁうん。いつも鎧着てるからスキルでどのくらい防御力が上がったかはわかんないけど、下級上位だとダメージは受けてない」
「それで防御力を持て余してるって蓮くんに聞いたんだけど、そうなのかな?」
「そうだけど」
なんだ?何の話かわかんなくなったぞ。もっとロマンス的な話を期待してたんだが。
「じゃあっ!!あたしが思いっきり叩いてもいいかな!?」
「なんで!?」
「みんなとダンジョンに行った後、あたしもちょっと事情があってダンジョンに行くようになって、スキルを覚えたんだ。それが【怪力】」
ふむ、185cmのガチムチにスキル補正。クッソ強そうである。
「それで、ダンジョンで魔物相手に試したんだけどみんなはじけちゃって」
「はじけたのか」
「うん、それでね!蓮くんに相談してたんだけど!社くんなら受けられるんじゃないかって聞いてたんだけど!社くんも叩いてくれる相手探してたって!今日!」
「へー」
これは…いけるか?いや鎧あったほうがよくね?あの鎧さえあれば俺は無敵。な気がする。
「だからここで腹パンさせて欲しいの!」
「なんで!?」
よそう、細かい質問など今はいいじゃないか。
朝には防御力を誇っていたのに、夕方には女の子の腹パンを恐れるのか?否!俺は男の中の男!最強のタンクになる男なのだ!
なんで腹パンなのかは謎だが今は言葉は要らない、望まれたのは俺の体だけ、なら俺はそれを差し出すだけでいい。
「来いオラァ!!」
「えい!!」
「おごぼぉぉぉ!!!!!」
身長より高く打ち上げられ、無様に転がって意識が遠のいていく。
「ぶふっ!アハっ!アハハハハハハハハ!!」
爆笑してる金髪美少女を見つけたが言葉を出せないまま俺は倒れた。
―――――――――
負けた。完敗だ。スキル【防御】を過信した俺は山宮の拳で吹き飛び一発KOと相成った。
俺、装備無しの防御力を誇った事なんて無いんだけどな、どうしてこうなった。
あの後の山宮は謝罪と感謝をしてくれたが、顔を見れば物足り無いというのが丸わかりだった。
悔しい、俺に足りないのは防御力だった。女子中学生に腹パンされて失神するタンクなんて許せねえ!俺はもっと固くなるぞ!カッチカチになって腹パンなんかに負けねぇ!
「お姉さん!この金でもう一つ盾をくれ!」
「少年、まだ鎧の代金の残りを貰ってないんだけど」
「じゃあ他の店で買います」
「丁度いいのがあるよ!ほら底が刃になってる刃盾だよ、扱いには注意しなよ」
「いらん!もっと硬くで重くてデカイ奴お願いします!!」
「えぇぇ・・・」
放課後にゴブダンジョンに走り、いつもの装備屋で以前と同じ重盾を購入した。前回報酬30万円は無くなったが後悔はない。
盾を買ったから硬くなる?んなわけない、今から修行するんだよ!
お姉さんに鎧を付けて貰ってダンジョンへGO!待ってろよお姉さん!鎧代くらいすぐに稼いでくるぜ!!
「無茶するんじゃないよ」
ダンジョンへ突入したが他の探索者が邪魔だ。2階層への案内があるのでそれに従って2階層へと進む。
2階層には1階層のゴブ達に加えて斧ゴブが追加されるのだ。俺の目的はこいつだ、こいつの攻撃を真正面から受け止めるのだ!
「オラァ!来いクソゴブども!!」
大声で挑発すると大量のゴブが向かってきた!ものすごい迫力だ!!
「うおおおおおおお!!」
逃げた。全力で階段を駆け登った。魔物は階層を超えられないんだぜ!ざまぁ!
「はぁはぁはぁ、お、落ち着こう」
勢いでこんなところまで来てしまった。盾買ってゴブの攻撃を受けたからって俺の体が固くなるわけないだろう。
まぁでも折角ここまで来たんだ。修行ってのも大袈裟だが一人で戦ってスキルの慣熟訓練をしていこう。PTで来ると何もしないしな。
攻撃方法は盾で殴るしか無い、これも盾の扱いの練習だと思おう。大きな重盾なので殴るか押し潰すくらいしか出来ないが分厚い鉄の塊だ。ゴブくらいなら倒せるだろう。
やってやるぜ。
階段を降りて辺りを窺う。集まっていたのは散ったようだ。
階段の周囲は岩の柱があるだけの空洞、階段は太い柱に穴が開いた様になっていて周囲に壁はない。
広い空間を不安を押し殺して進んだ。どうせ今まで先制に成功した事はないので、索敵は不意をつかれない程度でいい。リラックスだ。
『ギャギャギャッ!』
来た!敵は5体、弓が2と近接3だ。落ち着け、昨日繰り返しやったことだ、大事なのはスキル【防御】を切らさずに盾を使って倒し切ること。つまり、
「オラオラオラァ!!!!!」
まずは槍持ちから盾で殴りまくる!!
『ギャアウウ!』
飛んでくる弓はカツンカツンと鎧で跳ね返るだけ、右の盾で殴りながら左の盾で剣を受ける。攻撃を逸らさずに受けると手首に酷い負担がある。受ける瞬間に少し引くことでダメージの軽減が出来るがそこであえて押す!
右手の盾は左右に振り回して殴りまくる、左手の盾はタイミングを合わせて攻撃を弾き返す、槍ゴブは数十発殴った所でやっと消えていった。
「ぶはっ!はぁ!きっつい!」
盾の扱いはスキルの補正で楽になっているが、元の重さは1つ50kgもある。探索者以外では片手で扱うのは不可能な重さだ。鎧と合わせて350kgはスキル無しでは起き上がることも出来ない重量だ。
「もっと【防御】を使いこなすんだ!もう甘っちょろい事は考えない!最強のタンクになるんだ!」
1体の剣ゴブを標的にして殴り倒す、盾の側面を使ったりはしない、正面から何度も何度も殴る。その間も残りの1体からの攻撃を左の盾で弾き返す。
左で弾く攻撃が1体分になった事で余裕が出来た、手応えの違いに意識が向く。こうすれば簡単に弾ける、こう受ければ弾けると分かる。最も効果的に『弾く』を行えるタイミング、攻撃がHITするほんの少し前、込めた力が武器に伝わるまでの隙、それを俺の中のスキルが教えてくれる。
右で殴る効果にも違いがある。盾の重さを活かす為の動き。右から左、左から右、上下斜め、全てに的確な体の使い方がある。地を蹴り体を支える足の運び、自分の重さを盾に乗せる捻り。一つ一つの打撃から最適解を探る。ただ殴るんじゃない、最高の一撃を叩き込むんだ。
「ここだ!」
左で捌いていた剣ゴブに対して最高のタイミング、最効の動きで巨大な重盾を叩きつける!
ブシャ!
水分の弾ける音と共に剣ゴブは消えた。
「おっしゃあ!」
残りの剣ゴブにも盾を叩きつけて消し去った後、弓ゴブに近寄って処分した。
「うおぉぉぉ!!」
やった!盾を使った攻撃に成功した!俺はこれを【シールドバッシュ】と名付けるぜ!
誰かに貰った技じゃない、俺は自分でスキルの性能を引き出したんだ!
「どんなもんじゃい!!」
俺は腹から雄叫びを上げた!嬉しい!探索者を初めて今が最高の時だ!俺は自分で過去の自分を乗り越えたのだ!やったぞー!!
360度をゴブに囲まれた事に気づいたのは魔法が着弾してからだった。
―――――――――
「おぶぶぶぶ、魔石だけは拾わねば」
ちょっと叫んでしまったせいでゴブリンが集まってきたが、【シールドバッシュ】を使いこなすナイトに隙はなかった。
ドカドカと遠慮なくぶっ叩いてくるゴブリン共を1体ずつ潰して壊滅させた。魔石を拾い集める間にまた襲われて、弓ゴブを叩きに行ったらまた襲われて、鞄も破れてしまい、盾を裏返して魔石を乗せてなんとか持ち帰った。
「お姉さん、まだ店開いてたんですね助かりました」
「なんだい少年!ボロボロじゃないか!」
「新しい技を閃いてゴブリン達をボコボコにしてきました」
「いや鎧がボコボコなんだけど」
ボコボコではない、ちょっと斧ゴブにぶっ叩かれて欠けたり装飾が割れただけだ。勝負は俺の完全勝利。
「うわぁ!バイザーが割れてるじゃないか!これ強化アクリルとクリスタルの混合品だよ?これなかったら死んでたでしょ」
「生きてるから俺の勝ちです」
これが探索者スタイル、生き残った者がサバイバー、勝利者がウィナーなのだ。
「あの、週末までに直りますかね?」
「うーん、バイザーは取り替え出来るけど装飾は駄目かも。大量の欠けは特殊素材で戻るけど歪みを直すのはだいぶ手間がかかりそうだ。直せるけど結構かかるよこれ?腕のトゲは諦めても、盾の整備と合わせて土曜の朝までで200万だね」
「え!買った時でも300万だったのに!?」
「通常なら1000万だって言っただろ?で、どうするんだい少年?流石にこれをツケは無理だよ」
ぐぬぬぬ。足元を見られているのかそうじゃないのか、経験が無いからわからん!ここはお姉さんを信じるしか無いか…
「それじゃ200万あるのでお願いします。買い取りのツケはもう少し待ってください」
「おー!しっかり稼いで来たんだね!やるじゃないか少年!まいどあり!!残りも頼むよ!」
タンクの装備は修理代が高い。いにしえからの常識だと諦めた。
集めた魔石の数は260、これ1体ずつ叩いて倒したんだぜ。【防御】スキルのお陰で鎧の中が空調快適空間じゃなかったら頭おかしくなってたわ。
着替えて外に出たらもう23時だった。家にも連絡してないし、勢いに任せてまたソロ活してしまった。土曜日までに装備戻るし今日のことは忘れよう。俺は公園でブランコに乗って時間を潰したんだ。間違いない。
初夏の少し肌寒い爽やかな夜、駅に向かうガラガラのバスの中でスキルの実感を思い出し、とても満足した気分だった。
リベンジの覚悟は決めた。次は勝つ。
かあさんには謝りたおして、咲耶には冷たい目で見られ、起きてきた平太にはとても迷惑そうな顔をされた。次こそは絶対ちゃんと連絡します。
「おはようセリナ君」
「おはよ鉄平、気持ち悪いわよ」
なんだよやめろよ、冗談でも美人に言われると効くんだよ。冗談だよな?
「お前昨日、体育館裏でゲラゲラ笑ってたろ」
「えぇ、凄く楽しかったわ。流石ね鉄平」
こいつ…!、いや問題ない。俺は過去の自分を乗り越えたニュー俺なのだ。怒りをコントロールするのだ。
「今日はよぉ、リベンジすっからよぉ、おめぇも放課後体育館裏に顔出せや、おぉん?」
「わざわざ招待してくれるのね、楽しみにしているわ」
他所行きの笑顔でバッチリ煽りを決めてくる姫川セリナ君。昨日までの俺なら腹パンしてるね。
「……」
その後は学校に着くまで言葉はなかった。こんな日に限って玲司もみつからない。
「れーーーん!俺新しい技覚えたぜぇ!!」
「あん?お前もしかして一人でダンジョン行ったのか?」
「行ってないが?」
すぐバレた。
「まぁそれは置いといてさ、昨日山宮を俺にけしかけただろ?あれで覚悟が決まったっていうか。とにかくスキルとしての【防御】を磨いてやろうと思ったんだよ」
「あぁ、一発で失神したらしいな」
「左の盾でゴブリンの攻撃を止めながら、右の盾でゴブリンを殴っててさ、なんかこうもっと上手くやれる気がして、ある時ぴったりピースが合ったような感触があってさぁ」
「一発で倒しちゃったってガッカリしてたぞ」
「それはいーんだよ!」
クソ!やはりどうあっても名誉を挽回しなきゃいけない。俺の気持ちの問題だけじゃない、パーティのタンクである俺への信頼に関わる。
「悪いが今日、山宮を倒すぜ」
「倒すなよ」
「お~い山宮」
「あ、社くん、昨日ほんとにごめんね?」
山宮が申し訳無さそうに謝罪してくる。弱いのに叩いちゃってごめん、一発でKOしてごめん、弱いもの虐めして反省してます、そんな顔だ。
悔しい!悔しい!悔しい!そんな顔をするんじゃない!俺は最強のタンクになる男だ!!
「山宮、放課後に体育館裏に来てくれ!」
「えぇ?」
「頼む!大事な、とても大事な事なんだ!」
「う、うん。それはいいんだけど…」
「待ってるからな!」
よし、これで後は放課後を待つだけだ。俺は新スキルで山宮の攻撃を受け止め、誇りを取り戻すのだ!
放課後、体育館裏には何故か人がいっぱい居た。なんで?
「てっぺー!頑張りなさいよ!」
「鉄平、何か策があるのかー?」
「吐くなよ鉄平」
「社君!よくわからないけどがんばって!」
「……」
いつものメンバーも声援を送ってる。更に咲耶も端っこの方で見ている。どうしてこうなった。
「あ、あの、社くん。ほんとにやるの?」
「あぁ。なんか人が集まっちゃったが、俺の誇りの為、リベンジさせてくれ」
山宮はうつむいてしまった。恥ずかしがり屋の彼女には酷な状況かもしれない。別にこんな状況じゃなくてもいいのだ、次の機会にしようか。
「ありがとう社くん!あたし、今日は全力でいく!あたしの全力を社くんに受け止めてほしい!」
「おう!俺が止めてやる!俺の新スキル【シールドバッシュ】で!……はっ!?」
シールドが無いと駄目じゃん!
「いくよ!」
いや!大丈夫だ!俺の【防御】は成長したのだ!それに攻撃のタイミングを読む練習は散々やった!ジャストガードだ!自らの腹筋を盾とするのだ!
「こぉい!!」
「やぁ!」
「おごぼぉぉぉ!!!!!」
身長より高く打ち上げられ、きりもみ回転も加えて地面をバウンドした。
「アハハっ!アハハハハハハハハハハハハハ!!ゲホッゲホッ!アハハハハ!!あー!」
爆笑してる金髪美少女を睨みつけたが言葉を出せないまま俺は倒れた。
―――――――――
「うおおおぉぉ!!」
俺は馬鹿だ!大馬鹿者だ!!
何がシールドバッシュだ!それ攻撃技だろ!盾ぶつける技でタンクが硬くなるのかよ!!
満座の前で女の子の腹パン一発で失神した!仲間の前で!この様で俺がタンクだから攻撃受けるって言うのか?馬鹿な!情けない!悔しい!恥ずかしい!
「お姉さん!装備出来てる!?」
「頭は大丈夫かい少年、今日は火曜日、昨日は月曜日で土曜日は4日後だよ。分かるかい?」
「じゃあそのまま着ていきます」
「あのね、小さな傷はともかく、こんなに歪んでちゃ攻撃を流せない。余計なダメージを負うことになるよ。それは装備だけじゃなく少年の体にもだ。鎧というのはただ硬いだけじゃない、攻撃を弾き、滑らせ、衝撃を分散させるんだ。こんな状態で昨日の様に攻撃を受けたらどうなるか」
「分かりました、それじゃ一般的なゴブダンジョン用装備一式をお願いします」
「はぁぁぁぁ」
お姉さんは長い溜息の後に結局ベコベコのままの鎧を装着してくれた。
やはりこいつがしっくり来る。両手にベコベコの盾を持ってダンジョンに侵入した。
狙いはレベルアップだ。俺は既にここに来て800近くのゴブを倒した。平均的には後200ほどでレベルアップするはずだ。
1度目のレベルアップはスキルを覚えて初級探索者として目覚めるだけだが、2度目以降のレベルアップではスキルと共に身体能力も上がるのだ。それで初めて初級を抜けて下級探索者と呼ばれるようになる。レベルアップせずに下級上位に来ているのは結構無茶だったりする。
昨日と同じく2階層へ向かった、昨日と同じことをするだけだ。
新品に入れ替わったバイザーをガチリと落とし、戦闘を開始した。
一体一体迎え撃ち、攻撃に合わせてカウンターでバッシュ、逸らして無防備な所にバッシュ、400kgの重量を乗せて無防備な体に打ち付ける。
弓杖の攻撃は鎧に任せて無視する。剣槍は鎧の表面を滑らせるのだが鎧が歪んでいるので上手く行かずダメージを負ってしまう。斧は確実に盾で受ける、斧が同時に2体来るときつい。
「もっと来い!もっと来いオラァ!!」
突かれ叩かれ叩き返す!もっと攻撃してこい!もっともっとだ!俺は最強のタンクになる男!
咲耶のスキルが強くてもこんな戦いは出来ない、蓮の攻撃が高回転でも処理しきれない、玲司が立ち回ってもこんな数を相手にできない。だが俺なら出来る!これがタンクの力!!
自分を奮い上げ自信を漲らせる事で、タコ殴りに耐えてスコアを稼ぎ続けた。
「もっとこい・・・げふぅ・・・おれはつよい・・・・・・ヴォエ!」
ふらふらになりながら弓ゴブリンに近づいて盾をぶつけた直後、その時は来た!
「アァオ!」
体に力が漲り疲れが吹き飛ぶ!ドクドクと血が巡り体が作り変えられていく!すごい、これが本当のレベルアップ!本当の俺!!最強の俺!!!
「ウォォォォォオオオオオ!!」
雄叫び!いやウォークライだ!!戦いを告げ!力を漲らせる俺の新スキル!!
ズドドドドドド!!
これまでに無い大群が襲ってくる!俺の闘気に当てられた哀れな贄!!全て食らってやろう!!
「こおおおおい!!」
戦いの幕が上がる!俺の進化を祝う宴が!!
「お、ねえさん……ウェエップ!……まだ。やってたんす、ね……オゥェェ!……」
「うわぁ!入ってくるな!!」
死にかけた(2夜連続)。レベルアップの恩恵でギリギリ乗り越えられたが一歩間違えたら死んでいただろう。
「ちょっとほんとに入ってこないで!表で鎧脱いで!」
お姉さんに追い出されて仕方なく外で鎧を外していった。そして鎧を脱いでスキルの効果が切れた瞬間、残り少ない栄養を大地に栄養を分け与える事になった。
「すいません、掃除しときますから」
「当たり前だよ!道具持ってくるから掃除してな!その間に鎧の状態を見ておく」
夜風に当たり、出すもの出したら気分が落ち着いた。大地を清め水を撒いていると頭が冷えて後悔が押し寄せてくる。ほんとに馬鹿なことやっちまったな。
「少年、怪我は無い?動けるかい?」
「はい、すいません迷惑かけました。遅くまでやってて助かりました」
「何言ってんだ、少年が戻らないから心配して開けてたんだよ。まぁ仕事はあるしね」
なんという優しいお言葉、疲れた体に染み入るぜ。惚れちゃいそう。
「ありがとうございます。なんとか歩けそうなので今日はこれで帰ります。明日来るので装備の整備についてはその時でいいですか」
「あのさ、もうバスも無いけど少年は家近いの?」
「え」
「とりあえず風呂入りな、着替えは無いから脱いだのを洗って来てあげるよ。1時間ほど湯に使ってゆっくり体を解すんだ。部屋を漁るんじゃないよ!」
「いやそんな事までは、時間かければ歩いて帰れますし」
「いいから言うこと聞け!」
お姉さんに泊めてもらう事になった。ずいぶん遅くまでやっていると思っていたが住居を兼ねていたらしい。
預けていたスマホを確認したら深夜2時を回っていた。色々履歴が溜まっていたが疲れを理由に後回し。
「まじか…いいのかな」
全部脱いで風呂場に追いやられた。お姉さんは腕組みして俺が脱ぐのを見張っていた。いや一旦外に出てくれよ。
「いいのかなぁ」
ゆっくり湯に浸かり、洗濯乾燥してくれた着替えに袖を通し、手料理をいただき、布団で寝かせてもらった。
「いいのかなぁ」
起きたらちゃんと名前を聞いてお礼を言おう。
―――――――――
名も知らぬお姉さんの家にお泊りしてしまった。
普通にお世話してもらい非常に気恥ずかしい。しかも深夜に洗濯乾燥してもらって料理まで。これが年上の包容力とでも言うのか、見た目は中高生にしか見えんのだが。
「お姉さんありがとうございました!今までちゃんと名乗っておらず失礼しました!俺、社鉄平です!」
「あぁいいよ、ちょっとお節介焼いちゃったね。これからご贔屓にしてもらえばいいから」
ありがてぇ、ありがてぇ。朝ご飯までいただいてしまい大変恐縮でございます。
「それで少年、なんで一人で突っ走ってたの?それくらい聞かせなよ」
ぐううう言いたくないでござる。しかしそんな事を言える立場ではない。
仕方なく掻い摘んで話した。
「ふーん、まぁその娘が特別凄いって考えたほうがいいよ。少年も十分将来有望だからね」
「いえそんなこと。俺なんて女子にワンパンされる程度ですから…」
ゲロ吐いて失神KOだぜ?思い出すだけで顔が熱くなる、お姉さんに話すのは拷問だったよ。
「あのさぁ、少年は昨日やっと下級だろ?それでソロで潜れる探索者がどれだけ居るか考えたことある?ここのダンジョンに潜ってるのは大半が下級で2回レベルアップしてPTも組んだ上で、更に他PTと疑似的な協力をしてゴブリンを狩ってるんだよ。もちろん自分のスキルを活かし装備も整えてだ」
「ここに来たのは元々あえて背伸びして来たんですけど、他PTの人も苦戦してるの見たこと無いですよ」
「そりゃそうさ、みんな怪我をしないように注意して注意して、安全に稼いで卒業していくんだよ。そんな連中が中級でやっていけるわけ無いからね。最初から安全にここまで稼いでそれで終わりなのさ。終わり方は色々だけどね」
それは知られたことだ。下級で3回レベルアップしたらもう下級ダンジョンでは魔石がドロップしない。中級からは宝箱が出るが、罠も設置されて魔物も強く、難易度は跳ね上がる。探索者は多いが中級以上の探索者はそれほど多くない。
しかし下級上位での稼ぎは十分に多い、レベルアップの高揚感も大きい。賢くやめるつもりでここまで来て、みんな素直にやめていけるかと言うと…。
「少年には間違いなく素質がある、有効なスキルを手に入れた事で格上に挑戦する素養もある。何より心が強い、魔物を恐れないのは危険ではあるけど探索者には必要な事さ。危険を避ける利口なやつは探索者になる必要がないからね、運と実力のある馬鹿が強い業界なんだよ」
「そうなんでしょうか…」
俺の心はあの拳にバキバキに折られてしまった。俺に素質があったとしてもそれは山宮には遠く及ばないんじゃないか?咲耶のスキルに比べて俺はなんだ?
「なんだいその顔は?ボロボロの装備でソロダンジョンなんて尋常じゃないんだよ、一時興奮してるくらいで出来る事じゃない。あんたは自覚が無いだけでもう並の人間じゃないんだ。必ず大物になるよ。お姉さんが保証してあげよう」
「まじっすか」
「大マジさ」
そうなのか、そうなんだろう。そう思おう。凹んでたって仕方ないじゃないか。俺はこれからもダンジョンに通うし、賢く立ち回ることは出来ない。どうせなら自信を持って堂々とかっこよく行こうぜ!
「ありがとうございますお姉さん!あっ、すいませんずっとお姉さんなんて。あの、名前教えてもらえますか」
「今更いいよ、それともお姉さんと仲良くなって慰めてもらいたいの?馬鹿なこと言ってないでそろそろ帰りな!学校あるんだろう」
午前7時丁度、正直このままサボりたい。だけど昨日からどこにも連絡してないんだよなぁ、やばいよなぁ。
「本当にありがとうございました。今日は帰ります。それとこれで装備の整備を出来るだけお願いします、もう色々駄目かも知れないけど。学校終わったらまた顔出します!」
昨日稼いだ内から300万円を置いて飛び出してきた。昨晩は最終的に600万を超える稼ぎになったのだ。もはや上級の稼ぎなんじゃないか?今になって考えると俺やばいな。俺凄い、稼げる男、防御力はまだまだだけど…。
駅に向かうバスに乗る、いつもガラガラなのに今朝は働きに向かう人達でいっぱいだ。面倒だが急いで家に帰ろう。
この人達が毎日バスに揺られながら出勤して、夜まで働いて、それを週に5日、12ヶ月続けてやっと稼げる額を、俺は昨晩だけで稼いだんだ。
それが異常だって事はちゃんと考えておこうと思う。
「ただいま!おはよう!昨日はごめん!」
家に帰ってまず謝罪する。咲耶はもう登校の準備も済ませた様子で、俺も早く着替えなくてはと部屋に向かう。
「待てい!」
武士かよ。
「兄、昨日はどこへ?」
「あーちょっとダンジョンで修行して遅くなっちゃって。お前も見てただろ?悔しくてさ、気がついたらバスが無くなってて」
「無くなってて?」
「お姉さんの家に泊めてもらったんだよ」
「っ!!」
「あ、あのな」
「………汚らわしい」
「えっあっ」
行ってしまった。汚らわしくは無いだろ、君もいつか恋を知るんやで。いや俺は何も無かったけど。
「鉄平くん」
あ、かあさんにもちゃんと謝らないと。振り返って見たかあさんは……
「おはようセリナ」
「おはよ鉄平。随分くたびれてるけど、またダンジョン行ってたらしいわね」
「あぁ。セリナもダンジョンに行く時は絶対連絡するようにな。遅くなる時もだぞ、みんな心配するからな。家族には必ず、なるべく俺にも連絡するんだぞ」
「何言ってるの?」
報告!連絡!相談!はい復唱!!
「静香さんすっごい怒ってたわよ、また夜中までやってたんでしょ」
「それがさぁ、昨日は気づいたらバスが無くなっちゃってて、装備屋のお姉さんが部屋に泊めてくれたんだよ。疲れてボロボロだったから助かったわ」
「………」
「色々優しくしてもらって、励ましてもらっちゃってさぁ。でへへ、年上っていいよな」
「………」
ほんとお姉さんには感謝だわ。何かお土産持っていこうかな。おかげで体も元気だし気分もいい。今日も1日がんばるぞい!
「あ、そうだ。お前ちょっと俺に腹パンしてみろよ」
今日の俺は腹筋カッチカチやぞ。
「は?いやよ」
「ちょっと殴るくらいいいだろ」
「嫌って言ったでしょ?」
ちょっとくらいいだろこいつ…!はぁ、まぁいいや。無理強いは良くない良くない、怒りをコントールするんだ。頼んで断られたからキレるとか最低じゃねぇか。
「ほらぁ!この腹殴ってみろよぉ!できねぇのかぁ?あぁん?」
「なんですって!鉄平のくせに!!」
はははっ、こやつブチ切れおった。滅茶苦茶怒ってる人を見ると逆に落ち着くよね。コレこそが俺の新スキル【挑発】だ。
防御力が欲しくてダンジョンをさまよっていたんだが、もっと来いもっと来いと考えていたのが良くなかったのかもしれない。固くなるスキルじゃなくて敵がいっぱい来るスキルを得てしまった。
タンクに相応しいスキルではある。それにどんなスキルでも活かして行く覚悟が今の俺にはあるのだ。
ウォークライ?知らない子ですね。
それにしてもこいつ怒りすぎじゃね?えらい効いたな。
「お腹出しなさい!」
「ふふっまぁいいぜ」
馬鹿め、俺はレベルアップしたのだ。今回の変化は気休めじゃない、探索者の体を舐めるなよ。
「来なよ、Baby」
「しゃあ!」
ドパァァァァン!!
「おげぁぁあ!!」
俺の体は殴られた部分を中心に『く』の字にへし曲がり水平に吹き飛んだ後、乾いた雑巾の様に転がって止まった。
「おぅぉぉぉ……ば、馬鹿な……こんな、ことが………」
し、信じられん…レベルアップとスキルに支えられたこの俺の腹筋を……この威力は山宮を超えているのでは……。
「死ね!」
プリプリ怒って行ってしまう。なんとか追撃は勘弁してもらえたようだ。
肩を怒らせる金髪美少女の後ろ姿を見ながら俺は倒れた。(3日連続)
―――――――――
気づいたら道路の端に倒れていた。時間を見ると既に1時間目が開始している、結局遅刻である。
殴られた腹を見たら腹の半分くらいが青く染まっていた。腹だけじゃなく体中が痛い。なんか歪んでしまったのでは?重傷になってないか不安になる。
学校で殴られた時は咲耶が治してくれてたのかな?痛いが動けない程じゃないのでとりあえず登校するか。
「すいません遅刻です」
待つのも面倒なので1時間目に途中参加、ちらりとセリナを見たが顔を伏せて目を合わせない。どう考えても俺が悪いし、後で謝っとけばいいか。
しかし山宮もセリナもこえぇな、やはりいいんちょしか勝たん。
「れいじ~~~!新しいスキルすげぇ使えそうなんだよ!作戦考えてくれよ」
「なに?お前また1人で行ったのか?」
「いってないが?」
2秒でバレた。
「いやまぁそれは置いといてだな、【挑発】っていうスキルを覚えたんだよ」
「ふむ、話せ」
「あ、あぁ。これをダンジョンで使うと周囲から大量に集まってくるんだ。一度に300は来てたと思う」
「300だと?その時はどうしたんだ?」
「囲まれたから1体ずつ倒したよ」
あの時は興奮してたからね、途中から冷めて大変だったけど。
「鉄平は耐えられるんだな。それなら使えるかもしれん」
「だろ?俺が耐えてる間にみんなが倒してくれる。これこそタンクだよな」
あの歩くだけの稼ぎ作業にうんざりしてるのは俺だけじゃないだろう、週末が楽しみになったな。
「じゃあ作戦考えといてくれ、たのむぜ」
よし次だ。
「山宮、ちょっといいか」
「う、うん」
すまんな山宮、俺が不甲斐ないばかりにそんな顔をさせちまう。
「山宮、俺と付き合ってくれないか?」
「ええーー!?」
「もっと打たれ強くなりたいんだ。昨日も駄目だったが、これからも毎日俺を殴って欲しい」
「えぇぇ???」
「お前の拳を乗り越えて、俺はもっと強くならなきゃいけないんだ!」
山宮の拳に耐え、セリナの拳にも耐える。その時初めて俺は自信を取り戻すことが出来るのだ。
「あぁそういこと!びっくりした!」
「うん?まぁそういう事で頼むよ。それと山宮もダンジョンに行ってるなら今度一緒に行こうぜ、俺はPT組むと便利なスキル持ってるんだよ」
「わかった!こっちからもよろしくお願いします!」
「ありがとうな!すぐに受け止められるようになってやるぜ!」
よしよし、後は一番面倒くさいやつだな。
「セリナ、朝は悪かったな」
「………」
「昨日レベルアップしたからお前に自慢したかったんだよ、ぶっとばされちゃったけどな」
「…ごめん」
うぐっ、しょんぼりと謝れると罪悪感がきつい。こいつの暴走は俺のスキルの効果でしか無く、俺の自業自得だ。
「いや違うんだ、実はレベルアップで【挑発】ていうスキルを覚えてな」
「え?」
「それ使っちまったんだ!すまん!お前が怒ったのはスキルの効果なんだ!」
「………」
やばい!もう一発来るか!?盾!盾になる物は無いのか!
「じゃあお互い忘れましょう。朝は会わなかった、何もなかった、誰にも話さない。それでいいかしら」
「あ、あぁ。それでいいならもちろん」
「約束よ」
許された!
だがあの強烈な威力が気になるのに、これ以上聞きにくくなっちゃったな。
山宮はあの体格でスキル持ち、俺は2回レベルアップして一応スキルの補正があるはず。
細身のセリナがあれだけの威力を出したって事は何度かレベルアップしてると思うんだけど、以前一緒に狸ダンジョンに行った時は魔石出てたよな。
気になるが今はこれ以上聞きにくい。聞いて教えてくれるとも思えないな。
うーんミステリアス。
「れーーーん!俺レベルアップしちゃったぜ!便利なスキル覚えたから週末は楽しみにしとけよな」
「お前、全然自重しないな。俺も行きたいんだが防御面がなぁ」
「アタッカーソロが可能になるとバランス壊れて末期になるから」
「何の話だよ」
アタッカーがソロ出来たらタンクもヒーラーもバッファーも劣化ジョブでしか無くなっちゃうでしょ。
「まぁよー、俺の新スキルが【挑発】ってやつでさ、一度に300体くらい集められるから週末の狩りはわっちゃわちゃになるぜ」
「ほぉう、それなら俺の【襲爪】の高回転が活かせそうだな」
「おう、よろしく頼むぜ。狩るのが遅いと滅茶苦茶殴られるんだよ」
「任せとけ!俺も退屈だったからよぉ、助かるぜ」
週末が楽しみだな!
「いいんちょ!今日もかわいいな!」
「なんなのよ急に!」
よしおつかれ。
放課後。今日はお姉さんの所に行かないとな。
着替えを済ませて出発したところで咲耶にエンカウントした。そういやこいつの事忘れてた。
「おかえり咲耶」
「兄、今日もダンジョンに行くのか?」
「いや、今日はお姉さんの所に行くだけだよ」
「!!」
「待て待て!別に変な事じゃないからな!?装備の整備について話すだけだよ。それと昨日のお礼に何か持っていこうと」
何故か言い訳が必要だと感じた。ダンジョンで生き残ってきた俺だ、この感覚を軽視したりしないぜ!
「私も一緒に行こう。少し待っていろ」
「あぁ、分かった」
これでダンジョンに潜るのは無理かな。そんな風に落胆した自分に気づいた。
「待たせた、行こう」
「いこう」
「お、平太も行くのか!途中でアイス買おうな!」
「ん!」
兄弟3人でダンジョンだ!いや違う違う、俺は何を考えてんだ。
手土産にでっかいどら焼きを購入してバスに乗り込んだ。あぁダンジョン行きてぇなぁ。
ダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョン
ダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョン
ダンジョン行って魔物をぶちのめしたい。
ダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョン
ダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョン
あぁ今向かってるんだった。楽しみだな。
今日は沢山話しをして疲れた。早くダンジョンに帰ろう。
―――――――――
「お姉さん、昨日はお世話になりました!これ美味しいので食べてください」
「兄がお世話になりました。ありがとうございます」
「した」
「いいんだよ、こっちが勝手にした事だしね。それより坊や可愛いねぇ、泊まっていかないかい?」
警察呼びますよ。
「それより鎧と盾はどうですか?」
「ありゃ直すなら暫く掛かるね、バラして火を入れて叩かないと駄目だ。それでも2週間あれば何とかするが週末は無理だよ」
「なん・・・だと?」
不味いな、週末にはみんなで潜る約束してるのに。俺が勝手に無茶しておいてパーティ狩りには不参加とか最悪だ。
「代わりになる鎧とか無いですか?」
「無いね。もっと質の低いのならあるけど、あの鎧は中級仕様をデチューンした様な物だからね。中級向けの店で中級仕様の装備を買うなら2000万からになるよ」
ぐぬぬぬぬぬ。
「兄、自業自得だ。今週末は大人しくしていろ」
でも迷惑かけちゃうし、ダンジョン行けないし、ダンジョンが。
「稼ぎは持ってきたんです、これでサブの鎧買えませんか?」
「兄!」
「んー300万あれば一式と盾も付けるけどさ、性能は落ちるしおすすめしないよ。来週末には間に合わせるからさ、そこまで焦ることはないだろう?」
「いえ、サブは有ったほうがいいですし、お願いします」
買えないなら仕方ないが、こんな紙切れと交換して貰えるならいくらでも出すよ。
「いいのかい?妹さんは納得してないようだが」
「兄、最近ダンジョンばかりでほとんど家にも居ないじゃないか。今は休め」
家…そういえば今週は日が変わる前に帰った事は無かったな。そうだ、早く帰ろう。外は煩わしい事ばかりだ。
「必要な物なんでお願いします。長居しちゃうと妹も怒りそう何でまた来ますね」
「兄・・・なんで」
「ほら、行こうぜ。平太もいるし遅くなるとかあさんに叱られるぞ」
もう空の色も変わってきてる。良いキッズは家に帰らないとな。
バスに揺られて家路を急ぐ、片道40分程かかるので平日に通うのは結構遠いんだよな。学校が無かったら余裕あるんだけど仕方ないか。
「肉買っていこうぜ!アイスもな!」
「にく!あいす!」
「いきなり何を言ってるんだ、もう母が用意してくれているだろう」
「いいだろ、旨い肉が食いたいんだ」
金は残ってるし使っちまおう、こんなので旨い肉が食えるなんてありがてぇ。
「なんなのだまったく…」
家では咲耶の言う通りかあさんが食事の用意をしてくれていた。んじゃまぁ仕方ないか、また今度食べりゃいいや。
食事を済ませ、シャワーを浴びて家を出た。また片道40分だ。
暇だなーと考えてスマホを持っていないことに気づいた。そういえば最近全く触ってない、蓮が持ってないから顔合わせて話すのが当たり前になるんだよな。ゲームも動画も興味無くなったから全然触らなくなった。
「お姉さん戻りました!鎧見せてください!」
「少年、そうか戻ってきたんだね。いい子だよ」
にっこり笑顔で迎えてくれた。でへへ、何かお姉さんが優しいな。やはり昨晩の事で一つ壁を乗り越えたっていうか?ただの客では無くなった感じ?
「前の程じゃないからね、鎧下も必要だよ。重鎧ではあるけど重量も50kgしかない。少年に合わせた調整もしてないから上手く扱うんだよ。ほら、付けてあげるよ」
服の上から鎧下を着て、その上に鎧を装着していく。うーん、ちょっと頼りないな。でもスキルはちゃんと働いて快適だ。
「盾は同じ物だよ、量産品だからね」
盾を持って振ってみる、具合は悪くないんだが鎧の重みを活かせないからバッシュの威力が大きく落ちるな。
「鎧の修理お願いしますね。また受取に来ます」
「あぁ、楽しみにしてるよ。がんばってね」
お姉さんがハグしてくれた!鎧の上からだがスキルの影響で感触が分かっちゃうんだよなぁ!非常にドキドキしました。やはり年上は至高。
さてダンジョンに戻ってきた。
深呼吸すると力が漲る。ダンジョンの空気が力をくれるのを感じる。
お姉さんが言ってたな、俺は優れてるって、大物になるって。女子に殴り倒される俺だが、ここでは胸を張っていいんだ。
面倒な事も無い、気遣いも要らない。いやここは他のパーティが邪魔だな。いつもの2階層に帰ろう。
えーと、鎧が直るのが10日後の予定だな。忘れないようにしないとな。
こうして俺はダンジョンに呑まれた。
―――――――――
「鉄平が戻ってない?」
「はい、2日前も朝帰りだったのですが昨日から戻らず。恐らく深夜までダンジョンに籠もって武具店に泊まっていると思うのですが、クランとして厳重に注意するべきかと」
「そうだな、では放課後集まれるメンバーで行ってみるか」
「ありがとうございます」
あいつ、一体何をやっているんだ。金か?山宮に負けたのがショックだったのか?それとも武具店の女に誑かされたか?どれもらしくないな。まずは会って話してみるか。みなで説教しなければならんな。
放課後、急な事だったが蓮と松原に加えて話を聞きつけた姫川と山宮もやってきた。
「遊びに行くわけじゃないんだが」
「悪いけど私には行く理由があるの」
「あたしは、もしかしたらあたしのせいかもって」
理由?山宮はまだ分かるが姫川も何かあったのか?山宮も杞憂だろうが。
「鉄平はそんな弱いやつじゃない、姫川は知らんが山宮は気にする必要はない」
「う、うん。でも」
「いいじゃねぇか行こうぜ、心配するやつが多い方が鉄平も反省するだろ」
「そうよ!みんな友だちじゃない!」
「そうか、そうだな。バスも来たようだ。行くぞ」
王仁ダンジョンに着いて、事情を知っている可能性の高い武具店に向かった。あの女の所に寝泊まりしているならどうしてやろうか、鉄平は山宮に殴らせるとしても女にも罰を与える必要がある等と考えていた。
が、女の答えは最悪のものだった。
「あぁ少年ね、ここには居ないし泊まってもないよ。泊めたのはバスが無くて困っていた一度きりさ。変な妄想はやめなよ中学生」
「それは…じゃ、じゃあ二日前の夜、兄はここに来たのではありませんか!?」
「あぁ来たよ、サブにすると言っていた装備一式を身に着けてダンジョンに向かった。やめとけって言ったんだけど聞かなくてね」
「そんな……では………」
「咲耶ちゃん!」
崩れ落ちる社妹を松原が支えている。俺はただそれを見ているだけだった。
鉄平が死んだ?馬鹿が!こうなるからクランを結成してパーティで行くようにしたんだろうが!勝手に無茶をして勝手に死んだ!?馬鹿野郎!!
「待ちなさい、鉄平は以前から一人で行っていたでしょ。それにここは人も多い、やられていたら気づく人がいるんじゃないかしら」
「ふふっ。そうだね、あの少年が適正装備でここのゴブリン共にやられるとは思わない。レベルアップ前でも一人で数百の魔石を持ち帰ってたからね」
「なに?どういうことだ」
「ダンジョンに呑まれたのさ。少年は明らかにダンジョンに惹かれていた、ダンジョンはそういう奴を好むからね。素質も、若さも、闘志も、全てがダンジョンの好みに合う。下級ダンジョンで呑まれるなんて私も聞いた事無いけどね」
「ダンジョンに、呑まれる?なんだそれは、そんな情報はない。いい加減な事を抜かすな!」
「そうかい、じゃあ死んじまったんじゃないか?少年は装備を身に着けて行って帰ってこなかった。後は勝手な憶測さ」
ふざけたことを!
「落ち着け玲司、生きている可能性があるなら聞いてみよう」
蓮!お前が何故落ち着いているんだ!
だが周囲を見ると取り乱しているのは俺だけだった。社妹はショックを受けているがそれだけだ。
俺だけが騒いでいた、俺だけが鉄平の死を受け止められない、俺だけが覚悟出来ていなかった。
「ダンジョンに潜れば死ぬこともある。それは鉄平も覚悟していた。あいつが一人で死んだならあいつ一人の責任だ、誰も悪くない。鉄平もきっとそう考えるぜ」
クソっ!だから嫌だったんだ!簡単に覚悟を決めて!危険を顧みずあっさり死ぬ!残される者の事を考えないのか!家族はどうなる、あいつの妹は!それを防ぐためにクランを作ったのも無意味だったのか!
「嘘は言っていないのね?」
「勿論さ、帰ってきたらちゃんと世話をする用意もしていた。少年は明らかに逸材、必要な人間だ。今でもね」
「そう、ならいいわ。でも嘘だったら制裁を覚悟していなさい」
「っ!あんた…」
なんだ?何を言っている?制裁?私刑を言っているのか?
「私は行く所が出来た。みんなはもう帰りなさい。鉄平が生きているなら私が取り戻す」
「さっきから何を言っているんだ、お前は何か知っているのか?ダンジョンに呑まれるとはなんだ?」
「答えている暇は無いの、私はもう行くわ」
「待て!」
セリナは静止を無視して駆け出してしまった。どこかに伝手があるのだろうか?あいつも最近初めてダンジョンに行ったはずなのに?分からん、だが何かを隠していたのは間違いない。
「店主、話を聞かせてもらうぞ」
「話と言ってもね、さっき話した通りさ。少年はダンジョンに潜って帰ってこない、後は私の憶測」
「ダンジョンに呑まれるとはなんだ」
「適性の高すぎる奴はダンジョンに取り込まれちまうのさ。やつには意志がある。意思があるから世界を侵食しているし、気に入った物を取り込む。そして取り込まれた物はダンジョンの一部になる。放っておけば盾二枚持ちの魔物が出るようになるかもね」
「そんな事は聞いたこともない。何故そんな事を知っている」
「上級の探索者には常識だよ、坊や達が知らないだけ。それに少年の事とは関係ないだろう。私の考えではダンジョンの奥で生きているってだけ。後はすきにしな」
「あなたは、兄のことをどう思っているのですか?」
「……ヒト種の希望、の若葉かな。期待しているよ、戻れば本物さ」
「そうですか」
ヒト種?
「よし!じゃあ行こうぜ!一番奥に行けばいいんだろ?鉄平が生きてるかも知れないなら助けに行こうぜ!」
「そうよ!良く分かんないけど出来ることがあるならやらなきゃ!」
「はい、必ず連れ戻します」
「あたしも行く!社くんには付き合ってくれって申し込まれたばかりだし!」
「え?」
「は?」
「そうだな、可能性があるならやろう。嘆くのは後でいい」
「琴音告白されたの!?」
「どういうことですか!説明してください!」
「お姉さん、着替えさせて貰うぜ」
「山宮の装備はあるのか?」
「絶対助けるよ!」
行こう、きっと生きているさ。俺達の物語はまだ始まったばかりなんだから。
―――――――――
はるか昔、世界を生み出した巨人が倒れた跡に生まれたとされる地、呪われた大地ミーディア。
地には強大な魔物が闊歩し、空は瘴気が満ち、水は淀み、死すら安らぎを与えない。
そんな大地でも人は生き延び、やがて幾つかの国が生まれた。
寄り添い合う人々は更に数を増やし、領域を広げ、魔物を打ち倒し、瘴気を払い、水を清めた。いつしか人こそが大地の支配者となった。
そんな大陸の中央に一匹の龍が居た。最も高い山を住処とし、燃え盛る火炎をもって人々を襲う邪竜。
赤く輝く鱗、空を覆う翼、強大な魔力、生物の頂点に立つ龍の本能のままに、宝物を探しては奪い、全てを蹂躙した。
人々はそんな邪竜を討つべく手を取り合った。何百もの勇者を募り、夥しい犠牲の末に邪竜を追い詰めた。
『忌々しい人間どもが!!』
龍は街を包むほどの巨大な火炎を吹くが、人間の魔術師は数十人がかりで結界を張る。
結界は炎を防ぎきり、反撃の光が龍を切り裂いていく。
『おのれ!おのれぇ!!』
城壁のような巨大な尾を叩きつける、爪で切り裂く。しかしその全てを逸らされ、反撃された。やがて龍は地に落ち、最後の時を迎える。
「邪竜ガリウス!これでとどめだ!」
若い勇者の一振りは鉄より硬い首を切り裂き、巨木の様な首を落とした。ついに邪竜の命運は尽きた。
「やったぞ!俺が倒した!勇者アイルが討ち取ったぞ!」
『人間ごときがァァ!』
邪竜の恐るべき執念は首を落とされてなお勇者を噛み砕く、更には最後のブレスを吐き不意を突かれた勇者たちを炭に変えた。最後まで勇者たちに恐怖を植え付け、邪竜は眠りについた。
集められた勇者達の8割を犠牲にして、人は最強の龍を打ち倒し、大地の全てを支配した。
それから20年後。
「さっさと立てよグズ」
「うぅっ、なんだ?ここは?」
「立てっつってんだよ!」
なんだこいつは?いや、知ってる。こいつは、
「サブロック?兄?我は…」
「あぁ?気安く呼ぶんじゃねぇ!!」
ドガッ!
「い、いけません!」
頭を強く打たれ再び地に伏せる、誰かに守られるのを見ながら意識が遠のいた。
「そうだ、我は人間どもを震え上がらせた真なる龍。復活したのだな」
自分の部屋で目を覚ました時には全てを思い出していた。
一度死んだくらいで我の魂が消え去る訳が無い。それにしても最後に力を振り絞りすぎた。
力を失い記憶も失っていたか。頭を殴られた弾みで記憶が戻ったんだな。
しかし忌々しい人間に生まれ変わるとは気分が悪い。人として生きたこれまでを思い返してもやはり人間は下賤であった。
「人間などに関わる気はない。わざわざ滅ぼすのも面倒だ」
数だけ多い人間ども、群れれば強いが特段興味もない。龍が群れれば遥かに強いだろう。戦う価値を感じない。それよりまずは力を取り戻すために山か森を目指す。人の居ないところだ。
「リウス様!目覚められたのですね!痛い所はありませんか!?」
騒がしい人間の若い雌が入ってきた。人間の中では随分まともで綺麗な形のやつだ。特別に我の宝の1つとしてこれからは大事にしてやろう。
「ベル、我は無事である。静まれ」
「大変っ!リウス様が変な言葉使いに!すぐにお医者様を!」
「あぁベル、ぼくは大丈夫だよ。落ち着いて」
我は龍、人を欺くなぞ容易いことよ。
「リウス様!本当に大丈夫ですか?ベルは心配しました。あのクソ餓鬼には強力な腹下しを飲ませておきましたので安心してください」
それで我が何を安心するのだ。やはりこの雌の考えは分からん。
「ありがとう安心したよ。今日はもう休んでいいかな?」
「かしこまりました、それではベルめが添い寝させていただきます」
「うん、ありがとう」
「っ!!リウス様がそんな事を言うなんて!やはりどこかおかしいのでは!?」
面倒くさいなこいつ。やっぱり宝にするのはやめとこうかな。
「冗談だよ、おやすみベル」
「はい、おやすみなさいリウス様」
一人になった部屋で考えを整理する。
今の我はリウス・マーレ8歳、子爵家の次男だが母は娼婦。庶子というやつ。
訓練と称して木剣で我の頭を殴っていたのは兄、サブロック・マーレ。マーレ子爵家の嫡男様10歳だ。8歳の弟を打ち据えて喜ぶ実に人間らしいやつだ。
若くして我を産んだ母とは殆ど会ったことがない、だが我が正室から嫌われまくっていることを考えると好き勝手やっていそうである。
マーレ子爵家には二人しか子がおらず、我は予備として必要なはずなのに扱いが悪い。
まぁ我も子爵家に貢献したわけでもなく貢献する気も無いので文句はない。メイド?のベルだけ連れ出せばいいだろう。
さっさとここを出て、力を取り戻す為に弱い魔物共から順に狩っていこう。人間でもいいのだが人間はすぐに群れるから面倒だ、関わりたくない。
魔物を狩り、その残滓を肉体に吸収する事で力を増す事ができる。我の魂の器は元々強大な龍の物であるし、溢れることも無く効率的に力を手にできるだろう。
明日出て行こう。魔物共を切り裂くのが楽しみだ。
―――――――――――
「ベル、ぼくはこの家を出るよ。ベルも連れて行くから準備して」
「え?駄目ですよ?」
「ベル、ぼくと一緒に来てくれないの?ぼくよりこの家が大事なの?」
「そうじゃなくてリウス様で出ていくのが駄目です」
駄目か。もちろん軽く言ってみただけだ。
「ベル、悪いけど本気なんだ。ぼくは家を出て魔物を倒しに行くよ」
「リウス様、家を出てどこに住むんですか?」
ん?そこらに寝たらいいだろう?
「ご飯はどうするんです?」
魔物を食えばいいだろ?
「服は?靴は?汚れたらどうするんです?」
服とか要らんし、たまに水浴びすればいいんじゃね?
「はぁぁぁぁぁ」
これ見よがしに長い溜息を吐きよる。何?ブレス勝負したいの?我のブレス世界最強よ?
「リウス様、リウス様が家を出たら3日で死んじゃいます」
ははは、そんなわけなかろう。我は適当に食って適当に寝て1000年は生きたぞ。
「一日だけ試しに生肉を食べて中庭で寝てみてはいかがでしょう」
ベルに舐められてしまったので一日だけ試してみることにした。
無視して出ていっても良かったのだが、ベルは我が転生して最初に認めた財宝だ。なるべくなら生きたまま連れて行きたい。
仕方ないので調理場に行き生肉を奪ってきた。自分で焼くと言ったがえらい怒っていたので盗んで逃げた。考えたら我、肉なんて滅多に食えてなかったわ。
しかしこれちょっと臭いな、齧ってみたがぐにぐにとして噛み切れず、臭くて気色悪くて不味かった。
とりあえず腹も膨れたので屋敷を見て回った。今は牙も爪も無いし武器が必要だ。
半日かけて手に入れたのは調理場でパクった包丁と調理場でパクった持ちやすい鍋の蓋だけ。調理場のおっさんにムカついたので通った結果だ。
今日は屋敷の人間から逃げ回り、そのまま部屋には帰らず庭の端で寝た。
「おぶぅぅうぅベルぅおのれぇぇぇぇ!!」
我は腹を下し、体中が痛み、ベルに縋り付くことになった。
「ベルは諦めて家を出よう」
あいつ怖いわ、我が苦しんでいるのを見て嬉しそうにハァハァしながら世話をしていたからな。
だがとりあえず朝飯だ。飯食ったら行くぞ!
そう意気込んでいたのに、一人っきりの朝食を済ませたところで糞餓鬼サブロックが寄ってきた。
「おい、今から稽古を付けてやるから来い」
あ?なんだクソ餓鬼、ぶち殺すぞ。
「あ?なんだクソ餓鬼、ぶち殺すぞ」
「なんだとお前!おい!こいつを捕まえろ!」
いかんいかん、つい普通に言い返してしまった。だがまぁいいか、今まで我に散々嫌がらせをしてくれたからな。家を出る前にぶっとばしてやろう。
「武器を取れ!立場を教えてやる!」
クソ餓鬼が木剣を構えて騒いでいる。武器でいいならナイフでいいか。
「いくぞ!」
周りの奴らが走ってきて取り押さえられた。
「卑怯だぞ!勝負じゃないのか!」
「俺を殺そうとしたぞ!捕まえて父上に処刑してもらう!」
クソッ!でっち上げで俺を殺すつもりだったのか!
必死で抵抗するが今の俺では大人数人に抑えられちゃ動けない。最早これまでか。忌々しい人間どもめ、次に生まれ変わったら絶滅させてやる。
俺は手足を縛られたまま地下の牢屋に放り込まれた。
「人間どもがぁ!許さぬ!我が炎で焼き尽くしてくれる!」
ぶつぶつと呪詛を吐いていたら誰かがやってくる。
「リウス様、何をやっているんですか」
「ベルか、もう貴様に用は無い。失せよ」
「そうですか、折角逃がしてあげようと思ったのに残念です」
「ベルぅ!助けてぇ!何もせずに果てるのは嫌じゃぁ!」
「ふふふっ、仕方ないですねぇ。いいですよ、特別に助けて差し上げます。このベルナデッドと逃げて二人で暮らしましょう」
「ひぇっ」
暗い牢屋で静かに笑うベルの姿にちびりそうになった。我こんな恐怖知らないんだけど。
こうして我はベルを引き連れて実家から逃走した。全て計画通りである!
―――――――――――
ベルの案内であっさりと逃げ出した。所詮田舎の子爵家、大した警備もない。
子爵領と言っても領境なんて馬車が通る大きな街道に関所があるだけらしく、村に寄ってから山越えで領を出ることになった。
「ところでリウス様、家を出て魔物を倒すってなんのためです?」
「魔物を倒して強くなるんだ!ぼくは凄く強くなれると思うから早くやりたい!」
我つよくなりたい。以上。
「うーん、それじゃあ冒険者になりましょうか。冒険者なら魔物を倒して持って帰ればお金貰えますから。そのお金で一緒に暮らしましょう」
「ほうほう、冒険者」
村までの道すがら色々教わった。細かい事はすぐ忘れたけど。
要するに冒険者に登録して仕事として魔物を倒せばお金になるということだ!倒した証明だけでよかったり体が必要だったりする。そういえばこの地は昔魔物で埋め尽くされたもんなぁ、端っこでチマチマやってた人族がいつの間にか他の魔物を減らしていったんだ。魔物を倒したらお金をやるよって事で魔物を減らしたのは上手かったな。まぁお金自体人間種しか使わないんだけど、
ちなみに今の人間は自分たちを魔物とは認めていない。まぁ別にいいけど、こいつらも元はこの地に蠢く種族の一つでしかなかったのにな。
ぽてぽて歩いていると後ろから馬車が来て道を譲る。ここを通るって事は子爵領の中心の町から他領に向かうのかな。一応顔を下げてベルの影に隠れておいた。
「随分飛ばしてるね」
「そうですねぇ、この方向は王都に向かってますから、どこかの偉い人が乗ってるのかもしれません」
ふーん、まぁ人間の偉いやつなんて興味ない。後ろに飛び乗ってタダ乗りしたらよかったな。
小さくなっていく馬車を眺めていたら突然ぶっ倒れていた。
「ぷぷっ転んでるよ、あんなに急ぐからだよばっかだなぁ」
人間おもしろっ!て事も無い。人間てのは本当に訳が分からんものなのだ。我の山を登ろうとして勝手にポロポロ落ちていってたのが懐かしい。
「リウス様、あの馬車に高貴な人が乗っていたら助けるといいことがあるかもしれませんよ。どうやら賊が襲っているようなので金目の物があるかもしれません」
ははは、なぜ我が人間を助けねばならんのだ。人間同士で殺し合うと言うなら見物させてもらおう。ベルは冗談が上手いなぁ。
「………」
な、なんだその目は。その汚物を見るような、見限ったような、捨てる決心をしたような目は!貴様この我を見くびるか!!
「許せん!ぶっ殺してやる!!」
「っ!失礼しましたリウス様!急ぎましょう!!」
突然ベルが我を抱き上げて走り出した。人間どもめ!許さぬ!ぶっ殺す!!
「待ちなさい賊ども!無体はこのリウス・マーレ様が許しません!」
目の前には下卑た顔の賊ども。こいつらが何をしていようが知るか!我が怒りを知るがいい!
「貴族か!構わんぶっこ…」
「カァァァァァッ!!」
怒りに任せてブレスを吹いた!記憶を取り戻してから溜め込んだ燃え盛る呪炎のブレスだ!馬車を囲う賊共が燃え上がる!
「ぎゃあぁぁぁぁ!!」
ははは!賊共が汚い声で無きよるわ!
火を消そうと転がるがそれは呪いの炎だ。威力は燃えカス程度だったが砂をかけた程度で消えるものか。
「きゃあああああ!!」
あれ?随分綺麗な声で鳴いてるな?
「リウス様!燃えてます!馬車燃えてますよ!」
あ、しまった。馬車を囲んだ奴らを全員燃やしたんだから馬車も燃えるよな!でもあれは消せないな。すまんが運がなかったと諦めてくれ。
「ウォーターボール!ウォーターボール!」
なんかベルが水を出している。あれは水魔法だよな?そんな特技を持っていたとは、財宝としての価値が1ランクアップだ!
「はぁはぁはぁ、ウォっ!オうえぇぇぇ!!」
ふぅむ、魔力量は余り無いようだな。戦闘は無理か。まぁベルの出した水で風呂に入るのは気分が良さそうだ。嘔吐するまで頑張る点はポイントが高い。
ベルの頑張りにより馬車は消化された、ついでに馬車の周りに出来た水溜りで賊共がゴロゴロと転がって消火したようだ。中には吐瀉物まで利用した奴もいるようで人間のしぶとさに驚いた。
「ベル、頑張ったね。馬車は無事のようだよ」
「いえ、ウェェ!それよりリウス様がオゥェェ!火の魔法をオボロロロ」
声かけて悪かったな、しばらく休んでろ。
馬車の周囲の賊共にトドメを刺したいが、この程度の雑魚を倒しても力にはならんだろう。金になるかもしれんからひとまず放っておこう。
「馬車の人ー!もう大丈夫ですよー!馬車に火を掛けた賊共は倒れましたでてきてくださーい!」
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