第3話 フラワーナイト
「ふぅ、こいつどうするかな」
倒した蛇を見ながら息をつくと、胸の辺りから服を貫通して精霊が現れた。
「こいつは私を襲ったのよ、私の獲物よ!」
「は?俺に攻撃してきただろう、それもお前のせいでな。俺が倒したんだから俺の獲物だ」
久しぶりの肉だ。大振りな蛇、とりあえず首を落としたいんだが、スコップで行けるか?
「はぁ、分かってないわね。これは教育が大変だわ」
「あぁ?なんだぁてめぇ……」
「ちょっと見てなさい。肉を取ったりしないから」
精霊はそう言うと両手を広げてクルクルと回りだした。
「ああ~おいしい~!力が増していきますわ」
なんだこいつ?イカれたか?
「魔力を吸収してるのよ。イイ?精霊っていうのは魔力の塊なの。肉体を持たないから魔物なんかに簡単に吸収されてしまう。だから肉の体を利用して身を守る必要があるのよ。そして、逆に吸収することも出来る」
「つまりお前が弱かったから吸収されそうだったのか」
「うぐっ!ま、まだ私は生まれたばかりなのよ!自我を持つ精霊はそれだけで中位の精霊なんだから!敬いなさい!」
「ふーん。それで、さっき力が出たのは?指も変になってたんだが」
「それは私の魔力が混ざったのと、擬似的な身体強化魔法が発動してたのよ。私の力ね!」
「指は?」
「それは精霊武装よ。強い魔力が形を得たものね。人間の作る武器なんかとは比べ物にならないんだから」
「指だけだったが?」
「しょうがないじゃない!まだ生まれたばかりって言ったでしょ!」
なるほどな、つまり――
「今のお前は雑魚で、全然力が無いってことだな」
「……いい度胸ね、どっちが上かはっきりさせましょうか」
話の早いやつだ、上下はしっかり分からせておかねぇとなぁ!?ぶっころし――
「レオン?」
声に反応して振り返ると小さな影が立っていた。ユイだ。
大きな瞳に涙を浮かべて心配そうに俺を見上げている。
「なにかあったの?……大声出してたから」
「何でもないよユイ。蛇が出てびっくりしたんだ。もうやっつけたからね、心配かけてごめん。じゃあ一緒に片付けをして、それからお昼寝しようか。テオに歌を教わったんだ」
「うん……やる」
抜いた雑草を端に積み上げ、蛇は持ち帰って首を落として吊っておく。
精霊は引っ掴んで胸に押し込んでおいた。
◇◆◇◆◇
夕暮れ、年長組が帰ってくると、院内は一気に騒がしくなる。
木の床を踏み鳴らすラグナルの大声、後ろにくっつくレオニスの薄笑いが鬱陶しい。
テオはいつも、帰ってくると疲れ果てている。体力が無いんだ、真面目な性格で手抜きも出来ないんだろう。
今日は肉があるからな、少しでも体力をつけてくれ。
夕食時、院長が席を外した隙にラグナル達が騒ぎ出した。
「おいユイ、今日もお母さんは来なかったな!」
ラグナルがにやつきながら吐き捨てる。隣のレオニスも笑う。
「だから言ったろ、お前は捨てられたんだよ」
「ちが……ちがうもん……」
ユイの小さな肩が震える。いつもの事だ。
ユイは半年ほど前に親が孤児院に預けていったのだ。必ず迎えに来ると約束して。まだ俺が来る前の話だが、その時の哀れな姿を想像するのは簡単だった。
残酷な嘘だ。それがどれだけ傷になるのか考えない親だったのか。それとも言わずにいられなかったのか。どちらにせよ、俺もラグナル達に賛成だ。
「やめなさいよ!」
イリーナが立ち上がり、二人を睨みつけた。
「ユイは迎えに来てもらえるの!信じて待ってるんだから!」
「はっ、馬鹿じゃねえの。迎えなんか来るわけねえだろ」
ラグナルが吐き捨てる。こいつがユイを責めるのは半分自虐だろうな。孤児院のガキが見る夢なんて似たようなものだ。
「そうよね。でも、ユイがかわいそう」
リリアが口を挟む。だが結局、笑う二人の側に寄っているのもいつものこと。
テオは静かに食事を続けるだけ。俺がユイを守っているとわかっているからだろう。
「やめなよ」
俺はユイの隣に立つ。
「そこまでにしなよ。ユイは信じて待ってるんだ。誰にも迷惑はかけてないよね」
「……なんだよ新入り、いつも邪魔しやがって。調子に乗るなよ!」
「………」
ラグナルが凄んで睨みつけてくる。だが多少荒れているとは言え、所詮平和な孤児院で育っているやつだ。出来るのは精々殴ってくる程度。
こんなに分かりやすく敵対するのが甘さの証拠。スラムなら笑顔でナイフがでてくるぞ。
やがてラグナルは舌打ちして席に座り直した。
「絶対むかえにくるもん……」
ユイが俺の袖をぎゅっと握る。俺はその手を軽く叩き、笑ってみせた。
その晩は気まずい空気のまま夕食を終え、それぞれ布団に潜り込んだ。
◇◆◇◆◇
夜更け。俺はそっと起き上がり、寝息を立てる子供たちの部屋を抜けて外に出た。
「ふう……やっと二人きりね」
胸の奥から、精霊の声が響く。
俺は人気のない庭に腰を下ろし、小声で話しかけた。
「なあ、お前……いつでも出てこれるのか?」
声をかけるとすぐに精霊が飛び出してきた。
「ええ、簡単なことよ。ただし、私は外に出ればまた魔物を呼び寄せる危険がある。だからあなたの中にいるのが一番安全なのよ。肉の盾ね」
「……つまり俺に寄生してるわけか」
「寄生?そんな下品な言葉やめてくれる?私は魔力を集め、やがて精霊王になる。堂々たる目的のために、あなたの器を利用しているだけよ」
「精霊王?」
「精霊というのはね、魔力が生命を持った状態なの。もっと大きく、一つになっていく本能があるのよ。その完成が精霊王。大量の魔力と精霊が一体となった存在よ。他の生物が増えようとするのと逆ね。魔物を倒して魔力を奪い、精霊と同化して高め合う。そしていつか最強の精霊王になるの」
胸を張って言い切る姿に、俺は思わず笑った。
「いいな。俺も同じだ。冒険者になって、英雄になって、全部を手に入れる」
「分かりやすくて下品な願いだわ」
「そうだ、お前と同じだ。だから俺に力を寄越せ。そうすればまた魔物を倒してやる」
「いいでしょう。協力してあげますわ。ただし――最後にはあなたがわたくしのものになるんですのよ」
「ハッ、寝言は寝て言え」
夜風が吹き、俺たちの声をさらっていく。
胸の奥に渦巻くのは不安じゃない。燃えるような昂ぶりだ。
「ところでお前、他にできることはあるのか?精霊ってすごいんだろ?」
「もちろんあるわ!私は花の精霊よ!花を咲かせることができるのよ!」
……先はまだまだ長そうだ。まずは綺麗な花でも咲かせるか。
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